日本キリスト教会

近江草津伝道所

 

   〒525-0027

    滋賀県草津市野村5丁目3-5

    TEL;FAX: 077-562-1641

 

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     近江草津伝道所は「日本キリスト教会」 に属する教会です。「伝道所」と呼ばれる小さな集会ですが、神を信じ、日曜日毎に礼拝を捧げて神を賛美し、神の言葉である聖書の説き証し(説教)を聴き、ともに祈り、聖礼典(洗礼・聖餐式)に与る群れであるとともに、神の言葉に従い、それをひろく世に伝えようとする「教会」であることにかわりありません。                                  

    私たちは「旧約聖書(旧い契約)」、「新約聖書(新しい契約)」にもとづいて、ほぼ2000年ほど前のこと、この世に生きたイエスという方が、神と一体であり、神に遣わされた救い主(キリスト)であることを信じています。どなたでも、それぞれの人生を、自らの目的を見据え、希望に満ち喜びにあふれて、自由に力強く生きたいと願っています。しかし、現実には、日毎の生活には不安がつきまとい、心の内も悩みに満ちています。何時おおきな不幸や悲しみがおそってきても不思議ではありません。それは避けがたいことす。しかし、耐えがたく、あってはならない筈のこと、不自然なこと、と私たちは感じます。なぜそうなのでしょうか。《 私たちが、神のお造りになった世界の秩序に逆らって、神に背を向け、自分の力だけに頼って世界を造りあげようとしたからだ。しかし、究極的には、人間の力ではそれをどう解決することもできない、イエス・キリストの招きに応えるほかには》と聖書は教えます。そのことに気づかされ、真の自由と喜びに満ちて神と共に生きることへ、神ご自身が招いておられます。

 

    教会はどなたにもに開かれています。まことの平安・平和を求めている方々、世の在り方に、あるいは自分自身に、不確かさと不安を感じ、痛みを覚えている方々、体と心のさまざまな苦しみに耐えている方々、すでにキリスト教会を訪れた経験のある方々、聖書に触れたことのある方々、なんとなくキリスト教に関心のある方々、どのような方でも歓迎です。どうぞ、近江草津伝道所の日曜日の礼拝にご出席ください。


《2019年祈祷課題》 new

   「創設30周年の年、

なお途上にあり、立ち止まらず

救いの完成を目指して走る」

 

近江草津伝道所開設

          30周年を迎えて

 

      日本キリスト教会西都教会牧師 

      当伝道所応援教師  

             田部 郁彦

今年度の祈祷課題は、フィリピの信徒への手紙3章12~16節から導かれたものであります。近江草津伝道所は、今から30年前に群れとしてのスタートを切ったのであります。そして、今も、ゴールを目指して走り続けています。しかしながら、未だゴールには到達していないのであります。未だ途上にあるのであります。しかしながら、ゴールをしっかりと見定めて、走り続けていませんと、途上あることすら曖昧になってしまうのであります。特に、走り続けてきた時間が長くなる時に、最初に目指した目標が霞んでしまい、そのゴールが見えなくなってしまい、時には、ゴールに達したような気にさえなってしまうのであります。そして、「わたしは既にそれを得た」「わたしは既に完全なものになってしまった」、そのようにゴールに到達し、レースは完了したと思ってしまう人さえ出てきてしまうのであります。そういたしますと、人は、それ以上に走ろうとしませんし、走り続けたりはしないものであります。その人は、実際に、目標、ゴールには到達していなくても、その人にとってのレースは、そこで終わってしまうのであります。そのようなことを考えますならば、私たちは実際に「到達したところに基づいて進む」ことが大切である、ということが理解できるのであります。未だ、目標に到達していないにもかかわらず、思い違いをして、到達したつもりになっていてはいけないのであります。もし私たちが、「到達したところに基づいて進む」ことをしないなら、その競技自体がそこで終わってしまうのであります。 

 パウロの関心事は、未だ目標に、ゴールには到達していないフィリピの教会に向けられております。地上の教会は、フィリピの教会にしろ、そして私たちの教会にいたしましても、未だ目標に、ゴールに到達はしてはおりません。その途上にある教会にパウロの関心は向けられております。パウロの願いは、途上にある地上の教会が誠実に神様の呼びかけに応答し、感謝して、与えられた福音宣教と教会形成の使命を果たし、そして目標目指して走り続けることなのであります。ところで、今私たちは、目標目指して、一体、何処を走っているのでありましょうか。それは「途上にある教会の時」を走っているのであります。十字架と復活の出来事から、そして主イエス。キリストが再び来てくださるその時の、その「中間の時」を走っているのであります。つまり十字架と復活の出来事と、終わりの時に神の国が完全な仕方で到来する、その「中間の時」をっているのであります。ある人が「教会はこの中間の時を神の都を仰ぎ望みつつ歩む信仰者の集団である」と言っております。私たちは、実際に、その「中間の時」にあって「到達したところに基づいて進む」ことが大切なのであります。近江草津伝道所も、地上にある神の民として、この30年、「中間の時」の中で、目標を目指して走ってまいりましたし、そして今も、主なる神様の呼びかけに応答しながら走り続けております。そして今、到達したところに、私たちは立っているのであります。キリストに捕らえられ、それから今に至まで召しに応え、使命を果たしながら走り続けてきた行程があって、そうして今このところに到達したのであります。確かに今はまだ目標に到達してはおりませんし、今、私たちの教会は不完全であります。本当に主の召しに十分にお応えできたとは言えません。しかし、パウロは申します、まだ到達はしていない、そしてなお不完全であるが、その今、「到達したところに基づいて進む」ことの大切さを教えてくれているのであります。もし私たちが、「到達したところに基づいて進む」ことをしないなら、その競技自体が途中で終わってしまう、中断してしまうのであります。

 


主日礼拝(2019年3月24日 午後3時)  new

 説教:「追いかけてくる祝福

 聖書:「創世記」26章1-35節

     説教者:南 望

    (日本キリスト教会香里園教会牧師)      

聖書:「創世記」26:1-35 

 

 26:1 アブラハムの時代にあった飢饉とは別に、この地方にまた飢饉があったので、イサクはゲラルにいるペリシテ人の王アビメレクのところへ行った。26:2 そのとき、主がイサクに現れて言われた。「エジプトへ下って行ってはならない。わたしが命じる土地に滞在しなさい。26:3 あなたがこの土地に寄留するならば、わたしはあなたと共にいてあなたを祝福し、これらの土地をすべてあなたとその子孫に与え、あなたの父アブラハムに誓ったわたしの誓いを成就する。26:4 わたしはあなたの子孫を天の星のように増やし、これらの土地をすべてあなたの子孫に与える。地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。26:5 アブラハムがわたしの声に聞き従い、わたしの戒めや命令、掟や教えを守ったからである。」26:6 そこで、イサクはゲラルに住んだ。26:7 その土地の人たちがイサクの妻のことを尋ねたとき、彼は、自分の妻だと言うのを恐れて、「わたしの妹です」と答えた。リベカが美しかったので、土地の者たちがリベカのゆえに自分を殺すのではないかと思ったからである。26:8 イサクは長く滞在していたが、あるとき、ペリシテ人の王アビメレクが窓から下を眺めると、イサクが妻のリベカと戯れていた。26:9 アビメレクは早速イサクを呼びつけて言った。「あの女は、本当はあなたの妻ではないか。それなのになぜ、『わたしの妹です』などと言ったのか。」「彼女のゆえにわたしは死ぬことになるかもしれないと思ったからです」とイサクは答えると、26:10 アビメレクは言った。「あなたは何ということをしたのだ。民のだれかがあなたの妻と寝たら、あなたは我々を罪に陥れるところであった。」26:11 アビメレクはすべての民に命令を下した。「この人、またはその妻に危害を加える者は、必ず死刑に処せられる。」26:12 イサクがその土地に穀物の種を蒔くと、その年のうちに百倍もの収穫があった。イサクが主の祝福を受けて、26:13 豊かになり、ますます富み栄えて、26:14 多くの羊や牛の群れ、それに多くの召し使いを持つようになると、ペリシテ人はイサクをねたむようになった。

  26:15 ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた。26:16 アビメレクはイサクに言った。「あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい。」

26:17 イサクはそこを去って、ゲラルの谷に天幕を張って住んだ。26:18 そこにも、父アブラハムの時代に掘った井戸が幾つかあったが、アブラハムの死後、ペリシテ人がそれらをふさいでしまっていた。イサクはそれらの井戸を掘り直し、父が付けたとおりの名前を付けた。26:19 イサクの僕たちが谷で井戸を掘り、水が豊かに湧き出る井戸を見つけると、26:20 ゲラルの羊飼いは、「この水は我々のものだ」とイサクの羊飼いと争った。そこで、イサクはその井戸をエセク(争い)と名付けた。彼らがイサクと争ったからである。26:21 イサクの僕たちがもう一つの井戸を掘り当てると、それについても争いが生じた。そこで、イサクはその井戸をシトナ(敵意)と名付けた。26:22 イサクはそこから移って、更にもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付け、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言った。26:23 イサクは更に、そこからベエル・シェバに上った。26:24 その夜、主が現れて言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを祝福し、子孫を増やす/わが僕アブラハムのゆえに。」26:25 イサクは、そこに祭壇を築き、主の御名を呼んで礼拝した。彼はそこに天幕を張り、イサクの僕たちは井戸を掘った。

 26:26 アビメレクが参謀のアフザトと軍隊の長のピコルと共に、ゲラルからイサクのところに来た。26:27 イサクは彼らに尋ねた。「あなたたちは、わたしを憎んで追い出したのに、なぜここに来たのですか。」26:28 彼らは答えた。「主があなたと共におられることがよく分かったからです。そこで考えたのですが、我々はお互いに、つまり、我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたいのです。26:29 以前、我々はあなたに何ら危害を加えず、むしろあなたのためになるよう計り、あなたを無事に送り出しました。そのようにあなたも、我々にいかなる害も与えないでください。あなたは確かに、主に祝福された方です。」26:30 そこで、イサクは彼らのために祝宴を催し、共に飲み食いした。26:31 次の朝早く、互いに誓いを交わした後、イサクは彼らを送り出し、彼らは安らかに去って行った。26:32 その日に、井戸を掘っていたイサクの僕たちが帰って来て、「水が出ました」と報告した。26:33 そこで、イサクはその井戸をシブア(誓い)と名付けた。そこで、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバ(誓いの井戸)といわれている。

 26:34 エサウは、四十歳のときヘト人ベエリの娘ユディトとヘト人エロンの娘バセマトを妻として迎えた。26:35 彼女たちは、イサクとリベカにとって悩みの種となった。(新共同訳聖書より) 

 諸集会のご案内  

  祈祷会 3月28日(木)午後2時   

   ルカによる福音書 第5章        

  聖書の学びの会 3月21日(木)午前10時半。

    関田 寛雄『十戒・主の祈り』

       第9章 第7戒         

   読書会 3月24日(日)礼拝後

   朝岡 勝『教会に生きる喜び

    ―牧師と信徒のための教会論入門―』

   (教文館) 第1回

 

     諸集会について詳しくはこちら⇒     



     2019年の行事予定

1月  3日    初週祈祷会

2月10日   (礼拝後)第31回 定期総会

3月  6日    レント(受難節)~4月20日

3月20-21日     定期中会(於:西都教会)

4月14日    受難週 ~4月20日

4月18日    受難週祈祷会

4月 21日       イースター   

6月    9日    ペンテコステ

6月  23日    春の特別伝道礼拝                                                                  

9月  16日    修養会(西都教会修養会に参加)   

10月16-18日    第68回定期大会(於:柏木教会)

11月    日        秋の特別伝道礼拝

12月  1日        アドベント 

12月22日           クリスマス礼拝(午後3時より)      

《受難節・受難週・イースター》

 人間は創造主である神に逆らい、罪に堕ち、自らに苦悩・悲惨そして死を招きました。しかし、その人間の罪を赦し救おうと、神はそのひとり子イエス・キリストを世に遣わし、罪無き神の独り子が、人間が負うべき裁き(十字架上の死)を身代わりとして受けてくださり、その死をこえて死から「復活」なさいました。それによって人間は悲惨と永遠の死から救い出されたのです。それは「神の国」の完成に向けての決定的な恵みの出来事です。その神の愛を深く覚え、記念するために、教会は古来「受難節(レント)」、「受難週」を覚え、「復活祭(イースター)」を祝います。   



伝道所の現況

伝道所看板

集会案内板