主日礼拝の説教題と聖書箇所

 

 主日礼拝(2019年9月15日)  new   

 説教:「置かれた環境で生きる」

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章10-14節

     説教者:持田 克己

 (日本キリスト教会高槻教会牧師)

聖書:「フィリピの信徒への手紙」3章1-12節   

4:10 さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました。今までは思いはあっても、それを表す機会がなかったのでしょう。

4:11 物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。

4:12 貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。

4:13 わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。

4:14 それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。(新共同訳聖書より)

 

        主日礼拝(2019年9月1日) 

 説教:「罪の赦しとキリストへの愛」

 聖書:「ルカによる福音書」7章36-50節

     説教者:安田 修

 (日本キリスト教会教師)  

聖書:「ルカによる福音書」7章36-50節   

7:36 さて、あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。7:37 この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、7:38 後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。

7:39 イエスを招待したファリサイ派の人はこれを見て、「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」と思った。7:40 そこで、イエスがその人に向かって、「シモン、あなたに言いたいことがある」と言われると、シモンは、「先生、おっしゃってください」と言った。7:41 イエスはお話しになった。「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンである。7:42 二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか。」7:43 シモンは、「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答えた。イエスは、「そのとおりだ」と言われた。7:44 そして、女の方を振り向いて、シモンに言われた。「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。7:45 あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。7:46 あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。7:47 だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」

7:48 そして、イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。7:49 同席の人たちは、「罪まで赦すこの人は、いったい何者だろう」と考え始めた。7:50 イエスは女に、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。

                                                                                                                                                                                                                                            (新共同訳聖書より)  

      主日礼拝(2019年8月25日)  

 説教:「神との出会い、変えられたもの」

 聖書:「創世記」30章25-43節

     説教者:南 望

 (日本キリスト教会香里園教会牧師)  

聖書:「創世記」30章25-43節  

30:25 ラケルがヨセフを産んだころ、ヤコブはラバンに言った。「わたしを独り立ちさせて、生まれ故郷へ帰らせてください。30:26 わたしは今まで、妻を得るためにあなたのところで働いてきたのですから、妻子と共に帰らせてください。あなたのために、わたしがどんなに尽くしてきたか、よくご存じのはずです。」30:27 「もし、お前さえ良ければ、もっといてほしいのだが。実は占いで、わたしはお前のお陰で、主から祝福をいただいていることが分かったのだ」とラバンは言い、30:28 更に続けて、「お前の望む報酬をはっきり言いなさい。必ず支払うから」と言った。30:29 ヤコブは言った。「わたしがどんなにあなたのために尽くし、家畜の世話をしてきたかよくご存じのはずです。30:30 わたしが来るまではわずかだった家畜が、今ではこんなに多くなっています。わたしが来てからは、主があなたを祝福しておられます。しかし今のままでは、いつになったらわたしは自分の家を持つことができるでしょうか。」30:31 「何をお前に支払えばよいのか」とラバンが尋ねると、ヤコブは答えた。「何もくださるには及びません。ただこういう条件なら、もう一度あなたの群れを飼い、世話をいたしましょう。30:32 今日、わたしはあなたの群れを全部見回って、その中から、ぶちとまだらの羊をすべてと羊の中で黒みがかったものをすべて、それからまだらとぶちの山羊を取り出しておきますから、それをわたしの報酬にしてください。30:33 明日、あなたが来てわたしの報酬をよく調べれば、わたしの正しいことは証明されるでしょう。山羊の中にぶちとまだらでないものや、羊の中に黒みがかっていないものがあったら、わたしが盗んだものと見なして結構です。」30:34 ラバンは言った。「よろしい。お前の言うとおりにしよう。」30:35 ところが、その日、ラバンは縞やまだらの雄山羊とぶちやまだらの雌山羊全部、つまり白いところが混じっているもの全部とそれに黒みがかった羊をみな取り出して自分の息子たちの手に渡し、30:36 ヤコブがラバンの残りの群れを飼っている間に、自分とヤコブとの間に歩いて三日かかるほどの距離をおいた。

30:37 ヤコブは、ポプラとアーモンドとプラタナスの木の若枝を取って来て、皮をはぎ、枝に白い木肌の縞を作り、30:38 家畜の群れがやって来たときに群れの目につくように、皮をはいだ枝を家畜の水飲み場の水槽の中に入れた。そして、家畜の群れが水を飲みにやって来たとき、さかりがつくようにしたので、30:39 家畜の群れは、その枝の前で交尾して縞やぶちやまだらのものを産んだ。30:40 また、ヤコブは羊を二手に分けて、一方の群れをラバンの群れの中の縞のものと全体が黒みがかったものとに向かわせた。彼は、自分の群れだけにはそうしたが、ラバンの群れにはそうしなかった。30:41 また、丈夫な羊が交尾する時期になると、ヤコブは皮をはいだ枝をいつも水ぶねの中に入れて群れの前に置き、枝のそばで交尾させたが、30:42 弱い羊のときには枝を置かなかった。そこで、弱いのはラバンのものとなり、丈夫なのはヤコブのものとなった。30:43 こうして、ヤコブはますます豊かになり、多くの家畜や男女の奴隷、それにらくだやろばなどを持つようになった。(新共同訳聖書より) 

 

 主日礼拝(2019年8月18日)

 説教:「すべて真実なこと」

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章8、9節

     説教者:持田 克己

 (日本キリスト教会高槻教会牧師)  

聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章8、9節  

 4:8 終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。 

4:9わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます。 (新共同訳聖書より)


          主日礼拝(2019年8月11日)

 説教:「出エジプトに向けて」

 聖書:「出エジプト記」2章11ー25節

     説教者:田部 郁彦

 (日本キリスト教会西都教会牧師)

 (当伝道所応援教師)   

聖書:「出エジプト記」2章11-25節  

 2:11 モーセが成人したころのこと、彼は同胞のところへ出て行き、彼らが重労働に服しているのを見た。そして一人のエジプト人が、同胞であるヘブライ人の一人を打っているのを見た。2:12 モーセは辺りを見回し、だれもいないのを確かめると、そのエジプト人を打ち殺して死体を砂に埋めた。2:13 翌日、また出て行くと、今度はヘブライ人どうしが二人でけんかをしていた。モーセが、「どうして自分の仲間を殴るのか」と悪い方をたしなめると、2:14 「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」と言い返したので、モーセは恐れ、さてはあの事が知れたのかと思った。2:15 ファラオはこの事を聞き、モーセを殺そうと尋ね求めたが、モーセはファラオの手を逃れてミディアン地方にたどりつき、とある井戸の傍らに腰を下ろした。2:16 さて、ミディアンの祭司に七人の娘がいた。彼女たちがそこへ来て水をくみ、水ぶねを満たし、父の羊の群れに飲ませようとしたところへ、2:17 羊飼いの男たちが来て、娘たちを追い払った。モーセは立ち上がって娘たちを救い、羊の群れに水を飲ませてやった。2:18 娘たちが父レウエルのところに帰ると、父は、「どうして今日はこんなに早く帰れたのか」と尋ねた。2:19 彼女たちは言った。「一人のエジプト人が羊飼いの男たちからわたしたちを助け出し、わたしたちのために水をくんで、羊に飲ませてくださいました。」2:20 父は娘たちに言った。「どこにおられるのだ、その方は。どうして、お前たちはその方をほうっておくのだ。呼びに行って、食事を差し上げなさい。」2:21 モーセがこの人のもとにとどまる決意をしたので、彼は自分の娘ツィポラをモーセと結婚させた。2:22 彼女は男の子を産み、モーセは彼をゲルショムと名付けた。彼が、「わたしは異国にいる寄留者(ゲール)だ」と言ったからである。2:23 それから長い年月がたち、エジプト王は死んだ。その間イスラエルの人々は労働のゆえにうめき、叫んだ。労働のゆえに助けを求める彼らの叫び声は神に届いた。2:24 神はその嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。2:25 神はイスラエルの人々を顧み、御心に留められた。                                                          (新共同訳聖書より)

     主日礼拝(2019年8月4日)   

 説教:「信仰と希望と愛」

 聖書:「コリント信徒への手紙Ⅰ」13章8ー13節

     説教者:安田 修

 (日本キリスト教会教師)   

聖書:「コリント信徒への手紙Ⅰ」13章8節-13節   

13:8 愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、13:9 わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。13:10 完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。13:11 幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。13:12 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。13:13 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。 

                                                (新共同訳聖書より) 

 主日礼拝(2019年7月28日)   

 説教:「思いのままにならない人生」

 聖書:「創世記」29章30節ー30章24節

     説教者:南 望

 (日本キリスト教会香里園教会牧師)   

聖書:「創世記」29章30節-30章24節   

29:30 こうして、ヤコブはラケルをめとった。ヤコブはレアよりもラケルを愛した。そして、更にもう七年ラバンのもとで働いた。29:31 主は、レアが疎んじられているのを見て彼女の胎を開かれたが、ラケルには子供ができなかった。29:32 レアは身ごもって男の子を産み、ルベンと名付けた。それは、彼女が、「主はわたしの苦しみを顧みて(ラア)くださった。これからは夫もわたしを愛してくれるにちがいない」と言ったからである。29:33 レアはまた身ごもって男の子を産み、「主はわたしが疎んじられていることを耳にされ(シャマ)、またこの子をも授けてくださった」と言って、シメオンと名付けた。29:34 レアはまた身ごもって男の子を産み、「これからはきっと、夫はわたしに結び付いて(ラベ)くれるだろう。夫のために三人も男の子を産んだのだから」と言った。そこで、その子をレビと名付けた。29:35 レアはまた身ごもって男の子を産み、「今度こそ主をほめたたえ(ヤダ)よう」と言った。そこで、その子をユダと名付けた。しばらく、彼女は子を産まなくなった。

30:1 ラケルは、ヤコブとの間に子供ができないことが分かると、姉をねたむようになり、ヤコブに向かって、「わたしにもぜひ子供を与えてください。与えてくださらなければ、わたしは死にます」と言った。30:2 ヤコブは激しく怒って、言った。「わたしが神に代われると言うのか。お前の胎に子供を宿らせないのは神御自身なのだ。」30:3 ラケルは、「わたしの召し使いのビルハがいます。彼女のところに入ってください。彼女が子供を産み、わたしがその子を膝の上に迎えれば、彼女によってわたしも子供を持つことができます」と言った。30:4 ラケルはヤコブに召し使いビルハを側女として与えたので、ヤコブは彼女のところに入った。30:5 やがて、ビルハは身ごもってヤコブとの間に男の子を産んだ。30:6 そのときラケルは、「わたしの訴えを神は正しくお裁き(ディン)になり、わたしの願いを聞き入れ男の子を与えてくださった」と言った。そこで、彼女はその子をダンと名付けた。30:7 ラケルの召し使いビルハはまた身ごもって、ヤコブとの間に二人目の男の子を産んだ。30:8 そのときラケルは、「姉と死に物狂いの争いをして(ニフタル)、ついに勝った」と言って、その名をナフタリと名付けた。30:9 レアも自分に子供ができなくなったのを知ると、自分の召し使いジルパをヤコブに側女として与えたので、30:10 レアの召し使いジルパはヤコブとの間に男の子を産んだ。30:11 そのときレアは、「なんと幸運な(ガド)」と言って、その子をガドと名付けた。30:12 レアの召し使いジルパはヤコブとの間に二人目の男の子を産んだ。30:13 そのときレアは、「なんと幸せなこと(アシェル)か。娘たちはわたしを幸せ者と言うにちがいない」と言って、その子をアシェルと名付けた。30:14 小麦の刈り入れのころ、ルベンは野原で恋なすびを見つけ、母レアのところへ持って来た。ラケルがレアに、「あなたの子供が取って来た恋なすびをわたしに分けてください」と言うと、30:15 レアは言った。「あなたは、わたしの夫を取っただけでは気が済まず、わたしの息子の恋なすびまで取ろうとするのですか。」「それでは、あなたの子供の恋なすびの代わりに、今夜あの人があなたと床を共にするようにしましょう」とラケルは答えた。30:16 夕方になり、ヤコブが野原から帰って来ると、レアは出迎えて言った。「あなたはわたしのところに来なければなりません。わたしは、息子の恋なすびであなたを雇ったのですから。」その夜、ヤコブはレアと寝た。30:17 神がレアの願いを聞き入れられたので、レアは身ごもってヤコブとの間に五人目の男の子を産んだ。30:18 そのときレアは、「わたしが召し使いを夫に与えたので、神はその報酬(サカル)をくださった」と言って、その子をイサカルと名付けた。30:19 レアはまた身ごもって、ヤコブとの間に六人目の男の子を産んだ。30:20 そのときレアは、「神がすばらしい贈り物をわたしにくださった。今度こそ、夫はわたしを尊敬してくれる(ザバル)でしょう。夫のために六人も男の子を産んだのだから」と言って、その子をゼブルンと名付けた。30:21 その後、レアは女の子を産み、その子をディナと名付けた。 30:22 しかし、神はラケルも御心に留め、彼女の願いを聞き入れその胎を開かれたので、30:23 ラケルは身ごもって男の子を産んだ。そのときラケルは、「神がわたしの恥をすすいでくださった」と言った。30:24 彼女は、「主がわたしにもう一人男の子を加えてくださいますように(ヨセフ)」と願っていたので、その子をヨセフと名付けた。         (新共同訳聖書より) 

           主日礼拝(2019年7月21日)   

 説教:「人知を超える神の平和」

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章2-7節

     説教者:持田 克己

 (日本キリスト教会高槻教会牧師)   

聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章2-7節  

4:2 わたしはエボディアに勧め、またシンティケに勧めます。主において同じ思いを抱きなさい。

4:3 なお、真実の協力者よ、あなたにもお願いします。この二人の婦人を支えてあげてください。二人は、命の書に名を記されているクレメンスや他の協力者たちと力を合わせて、福音のためにわたしと共に戦ってくれたのです。

4:4 主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。

4:5 あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。

4:6 どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。 

4:7 そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。

                                                (新共同訳聖書より) 

      主日礼拝(2019年7月14日)   

 説教:「モーセの誕生」

 聖書:「出エジプト記」2章1-10節

     説教者:田部 郁彦

 (日本キリスト教会西都教会牧師)

 (当伝道所応援教師)   

聖書:「出エジプト記」2章1-10節  

2:1 レビの家の出のある男が同じレビ人の娘をめとった。2:2 彼女は身ごもり、男の子を産んだが、その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた。2:3 しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。2:4 その子の姉が遠くに立って、どうなることかと様子を見ていると、2:5 そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。その間侍女たちは川岸を行き来していた。王女は、葦の茂みの間に籠を見つけたので、仕え女をやって取って来させた。2:6 開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と言った。2:7 そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」2:8 「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速その子の母を連れて来た。2:9 王女が、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」と言ったので、母親はその子を引き取って乳を飲ませ、2:10 その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった。王女は彼をモーセと名付けて言った。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」                                                                                                                                                         (新共同訳聖書より)  

特別伝道礼拝(2019年7月7日)

 説教:「私は道であり、真理であり、命である」

 聖書:「ヨハネによる福音書」14章1-7節

    「創世記」22章14節

     説教者:安田 修

 (日本キリスト教会教師)   

聖書:「ヨハネによる福音書」14章1-7節  

14:1 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。14:2 わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。

14:3 行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。14:4 わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」14:5 トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」14:6 イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。 14:7 あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」

聖書:「創世記」22章14節 14ページ 

22:14 アブラハムはその場所をヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)と名付けた。そこで、人々は今日でも「主の山に、備えあり(イエラエ)」と言っている。 (新共同訳聖書より) 

      主日礼拝(2019年6月30日 午後3時)   

 説教:「神を畏れる信仰

 聖書:「創世記」29章1-30節

     説教者:田部 郁彦

 (日本キリスト教会西都教会牧師)

 (当伝道所応援教師)    

聖書:「出エジプト記」1章1-22節 

1:1 ヤコブと共に一家を挙げてエジプトへ下ったイスラエルの子らの名前は次のとおりである。1:2 ルベン、シメオン、レビ、ユダ、1:3 イサカル、ゼブルン、ベニヤミン、1:4 ダン、ナフタリ、ガド、アシェル。

1:5 ヤコブの腰から出た子、孫の数は全部で七十人であった。ヨセフは既にエジプトにいた。1:6 ヨセフもその兄弟たちも、その世代の人々も皆、死んだが、1:7 イスラエルの人々は子を産み、おびただしく数を増し、ますます強くなって国中に溢れた。1:8 そのころ、ヨセフのことを知らない新しい王が出てエジプトを支配し、1:9 国民に警告した。「イスラエル人という民は、今や、我々にとってあまりに数多く、強力になりすぎた。1:10 抜かりなく取り扱い、これ以上の増加を食い止めよう。一度戦争が起これば、敵側に付いて我々と戦い、この国を取るかもしれない。」1:11 エジプト人はそこで、イスラエルの人々の上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待した。イスラエルの人々はファラオの物資貯蔵の町、ピトムとラメセスを建設した。1:12 しかし、虐待されればされるほど彼らは増え広がったので、エジプト人はますますイスラエルの人々を嫌悪し、1:13 イスラエルの人々を酷使し、1:14 粘土こね、れんが焼き、あらゆる農作業などの重労働によって彼らの生活を脅かした。彼らが従事した労働はいずれも過酷を極めた。

1:15 エジプト王は二人のヘブライ人の助産婦に命じた。一人はシフラといい、もう一人はプアといった。1:16 「お前たちがヘブライ人の女の出産を助けるときには、子供の性別を確かめ、男の子ならば殺し、女の子ならば生かしておけ。」1:17 助産婦はいずれも神を畏れていたので、エジプト王が命じたとおりにはせず、男の子も生かしておいた。1:18 エジプト王は彼女たちを呼びつけて問いただした。「どうしてこのようなことをしたのだ。お前たちは男の子を生かしているではないか。」1:19 助産婦はファラオに答えた。「ヘブライ人の女はエジプト人の女性とは違います。彼女たちは丈夫で、助産婦が行く前に産んでしまうのです。」1:20 神はこの助産婦たちに恵みを与えられた。民は数を増し、甚だ強くなった。1:21 助産婦たちは神を畏れていたので、神は彼女たちにも子宝を恵まれた。

1:22 ファラオは全国民に命じた。「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め。女の子は皆、生かしておけ。」 

                                                                                                                                                                    (新共同訳聖書より) 

 

 主日礼拝(2019年6月23日 午後3時)

 説教:「神の導きを信じて生きる」

 聖書:「創世記」29章1-30節

     説教者:南 望

 (日本キリスト教会香里園教会牧師)    

聖書:「創世記」29章1-30節    

 29:1 ヤコブは旅を続けて、東方の人々の土地へ行った。

29:2 ふと見ると、野原に井戸があり、そのそばに羊が三つの群れになって伏していた。その井戸から羊の群れに、水を飲ませることになっていたからである。ところが、井戸の口の上には大きな石が載せてあった。29:3 まず羊の群れを全部そこに集め、石を井戸の口から転がして羊の群れに水を飲ませ、また石を元の所に戻しておくことになっていた。29:4 ヤコブはそこにいた人たちに尋ねた。「皆さんはどちらの方ですか。」「わたしたちはハランの者です」と答えたので、29:5 ヤコブは尋ねた。「では、ナホルの息子のラバンを知っていますか。」「ええ、知っています」と彼らが答えたので、29:6 ヤコブは更に尋ねた。「元気でしょうか。」「元気です。もうすぐ、娘のラケルも羊の群れを連れてやって来ます」と彼らは答えた。29:7 ヤコブは言った。「まだこんなに日は高いし、家畜を集める時でもない。羊に水を飲ませて、もう一度草を食べさせに行ったらどうですか。」29:8 すると、彼らは答えた。「そうはできないのです。羊の群れを全部ここに集め、あの石を井戸の口から転がして羊に水を飲ませるのですから。」29:9 ヤコブが彼らと話しているうちに、ラケルが父の羊の群れを連れてやって来た。彼女も羊を飼っていたからである。

29:10 ヤコブは、伯父ラバンの娘ラケルと伯父ラバンの羊の群れを見るとすぐに、井戸の口へ近寄り石を転がして、伯父ラバンの羊に水を飲ませた。29:11 ヤコブはラケルに口づけし、声をあげて泣いた。29:12 ヤコブはやがて、ラケルに、自分が彼女の父の甥に当たり、リベカの息子であることを打ち明けた。ラケルは走って行って、父に知らせた。29:13 ラバンは、妹の息子ヤコブの事を聞くと、走って迎えに行き、ヤコブを抱き締め口づけした。それから、ヤコブを自分の家に案内した。ヤコブがラバンに事の次第をすべて話すと、

29:14 ラバンは彼に言った。「お前は、本当にわたしの骨肉の者だ。」

 ヤコブがラバンのもとにひと月ほど滞在したある日、29:15 ラバンはヤコブに言った。「お前は身内の者だからといって、ただで働くことはない。どんな報酬が欲しいか言ってみなさい。」29:16 ところで、ラバンには二人の娘があり、姉の方はレア、妹の方はラケルといった。

29:17 レアは優しい目をしていたが、ラケルは顔も美しく、容姿も優れていた。29:18 ヤコブはラケルを愛していたので、「下の娘のラケルをくださるなら、わたしは七年間あなたの所で働きます」と言った。29:19 ラバンは答えた。「あの娘をほかの人に嫁がせるより、お前に嫁がせる方が良い。わたしの所にいなさい。」29:20 ヤコブはラケルのために七年間働いたが、彼女を愛していたので、それはほんの数日のように思われた。

29:21 ヤコブはラバンに言った。「約束の年月が満ちましたから、わたしのいいなずけと一緒にならせてください。」

29:22 ラバンは土地の人たちを皆集め祝宴を開き、29:23 夜になると、娘のレアをヤコブのもとに連れて行ったので、ヤコブは彼女のところに入った。29:24 ラバンはまた、女奴隷ジルパを娘レアに召し使いとして付けてやった。29:25 ところが、朝になってみると、それはレアであった。ヤコブがラバンに、「どうしてこんなことをなさったのですか。わたしがあなたのもとで働いたのは、ラケルのためではありませんか。なぜ、わたしをだましたのですか」と言うと、29:26 ラバンは答えた。「我々の所では、妹を姉より先に嫁がせることはしないのだ。29:27 とにかく、この一週間の婚礼の祝いを済ませなさい。そうすれば、妹の方もお前に嫁がせよう。だがもう七年間、うちで働いてもらわねばならない。」29:28 ヤコブが、言われたとおり一週間の婚礼の祝いを済ませると、ラバンは下の娘のラケルもヤコブに妻として与えた。29:29 ラバンはまた、女奴隷ビルハを娘ラケルに召し使いとして付けてやった。29:30 こうして、ヤコブはラケルをめとった。ヤコブはレアよりもラケルを愛した。そして、更にもう七年ラバンのもとで働いた。(新共同訳聖書より) 


   主日礼拝(2019年6月16日 午後3時)

 説教:「後ろのものを忘れ」

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」3章1-16節

     説教者:持田 克己

 (日本キリスト教会高槻教会牧師)    

聖書:「フィリピの信徒への手紙」 3章1-16節   

3:1 では、わたしの兄弟たち、主において喜びなさい。同じことをもう一度書きますが、これはわたしには煩わしいことではなく、あなたがたにとって安全なことなのです。3:2 あの犬どもに注意しなさい。よこしまな働き手たちに気をつけなさい。切り傷にすぎない割礼を持つ者たちを警戒しなさい。3:3 彼らではなく、わたしたちこそ真の割礼を受けた者です。わたしたちは神の霊によって礼拝し、キリスト・イエスを誇りとし、肉に頼らないからです。3:4 とはいえ、肉にも頼ろうと思えば、わたしは頼れなくはない。だれかほかに、肉に頼れると思う人がいるなら、わたしはなおさらのことです。3:5 わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、3:6 熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした。3:7 しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。3:8 そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、3:9 キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。3:10 わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、3:11 何とかして死者の中からの復活に達したいのです。3:12 わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。3:13 兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、3:14 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。3:15 だから、わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。しかし、あなたがたに何か別の考えがあるなら、神はそのことをも明らかにしてくださいます。3:16 いずれにせよ、わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです。(新共同訳聖書より) 


     主ペンテコステ主日礼拝(2019年6月9日 午後3時)

 説教:「教会の誕生と成長」

 聖書:「コリントの信徒への手紙」Ⅰ 3章1-9節

     説教者:田部 郁彦

 (日本キリスト教会西都教会牧師)

 (当伝道所応援教師)        

聖書:「コリントの信徒への手紙」Ⅰ 3章1-9節   

3:1 兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。

3:2 わたしはあなたがたに乳を飲ませて、固い食物は与えませんでした。まだ固い物を口にすることができなかったからです。いや、今でもできません。

3:3 相変わらず肉の人だからです。お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる、ということになりはしませんか。

3:4 ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。

3:5 アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です。

3:6 わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。

3:7 ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。

3:8 植える者と水を注ぐ者とは一つですが、それぞれが働きに応じて自分の報酬を受け取ることになります。 

3:9 わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。(新共同訳聖書より)

 

ペンテコステ(聖霊降臨日)とは

イエス・キリストの復活・昇天後、集まっていた120人の信徒たちの上に聖霊(*)が降りました。イースター(復活祭)から数えて50日後に起こりましたので、ギリシャ語で「50番目」を意味するペンテコステと呼ばれるようになりました。その具体的記述は新約聖書の使徒言行録2章1-42節にあります。120人の一人一人が同時に聖霊に満たされ、各国の言語で神の偉大な業を語りだしました。さらに2章43-46節には、彼らの生活ぶりをとおして、やがて成長発展するキリスト教の礼拝や教会の萌芽が描かれています。そのため、ペンテコステを教会の誕生日として、わたしたちは祝います。 

 

*聖霊:キリスト教の神は全能の唯一の神ですが、父なる愛の神、子なるキリストの恵みの神、(私たちに)交わってくださる聖霊なる神、として私たちに顕して下さっています。聖霊なる神は真理の霊として私たちを守り導いてくださる神なのです。


主日礼拝(2019年6月2日 午後3時)     

 説教:「来たるべき方は、あなたでしょうか」

 聖書:「マタイによる福音書」11章2-6節

     説教者:安田 修

 (日本キリスト教会教師)        

聖書:「マタイによる福音書」11章2-6節  

11:2 ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。そこで、自分の弟子たちを送って、

11:3 尋ねさせた。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」

11:4 イエスはお答えになった。「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。

11:5 目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。 

11:6 わたしにつまずかない人は幸いである。」 (新共同訳聖書より)

主日礼拝(2019年5月26日 午後3時)   

 説教:「さすらう者に語りかける神」

 聖書:「創世記」27章46節-28章22節

     説教者:南 望

 (日本キリスト教会香里園教会牧師)        

聖書:「創世記」27章46節-28章22節 

27:46 リベカはイサクに言った。「わたしは、ヘト人の娘たちのことで、生きているのが嫌になりました。もしヤコブまでも、この土地の娘の中からあんなヘト人の娘をめとったら、わたしは生きているかいがありません。」

28:1 イサクはヤコブを呼び寄せて祝福して、命じた。「お前はカナンの娘の中から妻を迎えてはいけない。28:2 ここをたって、パダン・アラムのベトエルおじいさんの家に行き、そこでラバン伯父さんの娘の中から結婚相手を見つけなさい。

28:3 どうか、全能の神がお前を祝福して繁栄させ、お前を増やして多くの民の群れとしてくださるように。28:4 どうか、アブラハムの祝福がお前とその子孫に及び、神がアブラハムに与えられた土地、お前が寄留しているこの土地を受け継ぐことができるように。」28:5 ヤコブはイサクに送り出されて、パダン・アラムのラバンの所へ旅立った。ラバンはアラム人ベトエルの息子で、ヤコブとエサウの母リベカの兄であった。

28:6 エサウは、イサクがヤコブを祝福し、パダン・アラムへ送り出し、そこから妻を迎えさせようとしたこと、しかも彼を祝福したとき、「カナンの娘の中から妻を迎えてはいけない」と命じたこと、28:7 そして、ヤコブが父と母の命令に従ってパダン・アラムへ旅立ったことなどを知った。28:8 エサウは、カナンの娘たちが父イサクの気に入らないことを知って、28:9 イシュマエルのところへ行き、既にいる妻のほかにもう一人、アブラハムの息子イシュマエルの娘で、ネバヨトの妹に当たるマハラトを妻とした。

28:10 ヤコブはベエル・シェバを立ってハランへ向かった。

28:11 とある場所に来たとき、日が沈んだので、そこで一夜を過ごすことにした。ヤコブはその場所にあった石を一つ取って枕にして、その場所に横たわった。28:12 すると、彼は夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。28:13 見よ、主が傍らに立って言われた。「わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える。28:14 あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう。地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る。28:15 見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」28:16 ヤコブは眠りから覚めて言った。「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。」28:17 そして、恐れおののいて言った。「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。」28:18 ヤコブは次の朝早く起きて、枕にしていた石を取り、それを記念碑として立て、先端に油を注いで、

28:19 その場所をベテル(神の家)と名付けた。ちなみに、その町の名はかつてルズと呼ばれていた。28:20 ヤコブはまた、誓願を立てて言った。「神がわたしと共におられ、わたしが歩むこの旅路を守り、食べ物、着る物を与え、28:21 無事に父の家に帰らせてくださり、主がわたしの神となられるなら、

28:22 わたしが記念碑として立てたこの石を神の家とし、すべて、あなたがわたしに与えられるものの十分の一をささげます。」

(新共同訳聖書より)

主日礼拝(2019年5月19日 午後3時)

 説教:「幸いな人」          

    聖書:詩編 1編 1-6

     説教者:持田 克己

   (日本キリスト教会高槻教会牧師)         

聖書:詩編」1篇 1-6節  

1:1 いかに幸いなことか/神に逆らう者の計らいに従って歩まず/罪ある者の道にとどまらず/傲慢な者と共に座らず

1:2 主の教えを愛し/その教えを昼も夜も口ずさむ人。

1:3 その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び/葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。

1:4 神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。

1:5 神に逆らう者は裁きに堪えず/罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。

1:6 神に従う人の道を主は知っていてくださる。神に逆らう者の道は滅びに至る。                                    (新共同訳聖書より)

主日礼拝(2019年5月12日 午後3時)         

 説教:「贈り物――愛のしるし」

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章10-23節

     説教者:田部 郁彦

  (日本キリスト教会西都教会牧師)

  (当伝道所応援教師)          

聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章10-23節   

4:10 さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました。今までは思いはあっても、それを表す機会がなかったのでしょう。

4:11 物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。

4:12 貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。

4:13 わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。

4:14 それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。

4:15 フィリピの人たち、あなたがたも知っているとおり、わたしが福音の宣教の初めにマケドニア州を出たとき、もののやり取りでわたしの働きに参加した教会はあなたがたのほかに一つもありませんでした。

4:16 また、テサロニケにいたときにも、あなたがたはわたしの窮乏を救おうとして、何度も物を送ってくれました。

4:17 贈り物を当てにして言うわけではありません。むしろ、あなたがたの益となる豊かな実を望んでいるのです。

4:18 わたしはあらゆるものを受けており、豊かになっています。そちらからの贈り物をエパフロディトから受け取って満ち足りています。それは香ばしい香りであり、神が喜んで受けてくださるいけにえです。

4:19 わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。

4:20 わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

4:21 キリスト・イエスに結ばれているすべての聖なる者たちに、よろしく伝えてください。わたしと一緒にいる兄弟たちも、あなたがたによろしくと言っています。

4:22 すべての聖なる者たちから、特に皇帝の家の人たちからよろしくとのことです。

4:23 主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊と共にあるように。(新共同訳聖書より)

 


主日礼拝(2019年5月5日 午後3時)         

 説教:「心を入れ替えて、子供のように」

 聖書:「マタイによる福音書」18章1-5節

     説教者:安田 修

  (日本キリスト教会教師)          

聖書:「マタイによる福音書」18章1-5節  

18:1 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。

18:2 そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、

18:3 言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。

18:4 自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。

18:5 わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」

                                          (新共同訳聖書より)


   主日礼拝(2019年4月28日 午後3時)         

 説教:「神の祝福の不思議」

 聖書:「創世記」27章1-45節

     説教者:南 望

  (日本キリスト教会香里園教会牧師)          

聖書:「創世記」27章1-45節  

27:1 イサクは年をとり、目がかすんで見えなくなってきた。そこで上の息子のエサウを呼び寄せて、「息子よ」と言った。エサウが、「はい」と答えると、27:2 イサクは言った。「こんなに年をとったので、わたしはいつ死ぬか分からない。27:3 今すぐに、弓と矢筒など、狩りの道具を持って野に行き、獲物を取って来て、27:4 わたしの好きなおいしい料理を作り、ここへ持って来てほしい。死ぬ前にそれを食べて、わたし自身の祝福をお前に与えたい。」27:5 リベカは、イサクが息子のエサウに話しているのを聞いていた。エサウが獲物を取りに野に行くと、27:6 リベカは息子のヤコブに言った。「今、お父さんが兄さんのエサウにこう言っているのを耳にしました。27:7 『獲物を取って来て、あのおいしい料理を作ってほしい。わたしは死ぬ前にそれを食べて、主の御前でお前を祝福したい』と。27:8 わたしの子よ。今、わたしが言うことをよく聞いてそのとおりにしなさい。27:9 家畜の群れのところへ行って、よく肥えた子山羊を二匹取って来なさい。わたしが、それでお父さんの好きなおいしい料理を作りますから、27:10 それをお父さんのところへ持って行きなさい。お父さんは召し上がって、亡くなる前にお前を祝福してくださるでしょう。」27:11 しかし、ヤコブは母リベカに言った。「でも、エサウ兄さんはとても毛深いのに、わたしの肌は滑らかです。27:12 お父さんがわたしに触れば、だましているのが分かります。そうしたら、わたしは祝福どころか、反対に呪いを受けてしまいます。」27:13 母は言った。「わたしの子よ。そのときにはお母さんがその呪いを引き受けます。ただ、わたしの言うとおりに、行って取って来なさい。」

27:14 ヤコブは取りに行き、母のところに持って来たので、母は父の好きなおいしい料理を作った。27:15 リベカは、家にしまっておいた上の息子エサウの晴れ着を取り出して、下の息子ヤコブに着せ、27:16 子山羊の毛皮を彼の腕や滑らかな首に巻きつけて、27:17 自分が作ったおいしい料理とパンを息子ヤコブに渡した。

 27:18 ヤコブは、父のもとへ行き、「わたしのお父さん」と呼びかけた。父が、「ここにいる。わたしの子よ。誰だ、お前は」と尋ねると、27:19 ヤコブは言った。「長男のエサウです。お父さんの言われたとおりにしてきました。さあ、どうぞ起きて、座ってわたしの獲物を召し上がり、お父さん自身の祝福をわたしに与えてください。」27:20 「わたしの子よ、どうしてまた、こんなに早くしとめられたのか」と、イサクが息子に尋ねると、ヤコブは答えた。「あなたの神、主がわたしのために計らってくださったからです。」27:21 イサクはヤコブに言った。「近寄りなさい。わたしの子に触って、本当にお前が息子のエサウかどうか、確かめたい。」27:22 ヤコブが父イサクに近寄ると、イサクは彼に触りながら言った。「声はヤコブの声だが、腕はエサウの腕だ。」27:23 イサクは、ヤコブの腕が兄エサウの腕のように毛深くなっていたので、見破ることができなかった。そこで、彼は祝福しようとして、27:24 言った。「お前は本当にわたしの子エサウなのだな。」ヤコブは、「もちろんです」と答えた。27:25 イサクは言った。「では、お前の獲物をここへ持って来なさい。それを食べて、わたし自身の祝福をお前に与えよう。」ヤコブが料理を差し出すと、イサクは食べ、ぶどう酒をつぐと、それを飲んだ。27:26 それから、父イサクは彼に言った。「わたしの子よ、近寄ってわたしに口づけをしなさい。」27:27 ヤコブが近寄って口づけをすると、イサクは、ヤコブの着物の匂いをかいで、祝福して言った。「ああ、わたしの子の香りは/主が祝福された野の香りのようだ。27:28 どうか、神が/天の露と地の産み出す豊かなもの/穀物とぶどう酒を/お前に与えてくださるように。27:29 多くの民がお前に仕え/多くの国民がお前にひれ伏す。お前は兄弟たちの主人となり/母の子らもお前にひれ伏す。お前を呪う者は呪われ/お前を祝福する者は/祝福されるように。」

 27:30 イサクがヤコブを祝福し終えて、ヤコブが父イサクの前から立ち去るとすぐ、兄エサウが狩りから帰って来た。

27:31 彼もおいしい料理を作り、父のところへ持って来て言った。「わたしのお父さん。起きて、息子の獲物を食べてください。そして、あなた自身の祝福をわたしに与えてください。」27:32 父イサクが、「お前は誰なのか」と聞くと、「わたしです。あなたの息子、長男のエサウです」と答えが返ってきた。27:33 イサクは激しく体を震わせて言った。「では、あれは、一体誰だったのだ。さっき獲物を取ってわたしのところに持って来たのは。実は、お前が来る前にわたしはみんな食べて、彼を祝福してしまった。だから、彼が祝福されたものになっている。」27:34 エサウはこの父の言葉を聞くと、悲痛な叫びをあげて激しく泣き、父に向かって言った。「わたしのお父さん。わたしも、このわたしも祝福してください。」27:35 イサクは言った。「お前の弟が来て策略を使い、お前の祝福を奪ってしまった。」27:36 エサウは叫んだ。「彼をヤコブとは、よくも名付けたものだ。これで二度も、わたしの足を引っ張り(アーカブ)欺いた。あのときはわたしの長子の権利を奪い、今度はわたしの祝福を奪ってしまった。」エサウは続けて言った。「お父さんは、わたしのために祝福を残しておいてくれなかったのですか。」27:37 イサクはエサウに答えた。「既にわたしは、彼をお前の主人とし、親族をすべて彼の僕とし、穀物もぶどう酒も彼のものにしてしまった。わたしの子よ。今となっては、お前のために何をしてやれようか。」27:38 エサウは父に叫んだ。「わたしのお父さん。祝福はたった一つしかないのですか。わたしも、このわたしも祝福してください、わたしのお父さん。」エサウは声をあげて泣いた。27:39 父イサクは言った。「ああ/地の産み出す豊かなものから遠く離れた所/この後お前はそこに住む/天の露からも遠く隔てられて。27:40 お前は剣に頼って生きていく。しかしお前は弟に仕える。いつの日にかお前は反抗を企て/自分の首から軛を振り落とす。」

 

 27:41 エサウは、父がヤコブを祝福したことを根に持って、ヤコブを憎むようになった。そして、心の中で言った。「父の喪の日も遠くない。そのときがきたら、必ず弟のヤコブを殺してやる。」27:42 ところが、上の息子エサウのこの言葉が母リベカの耳に入った。彼女は人をやって、下の息子のヤコブを呼び寄せて言った。「大変です。エサウ兄さんがお前を殺して恨みを晴らそうとしています。27:43 わたしの子よ。今、わたしの言うことをよく聞き、急いでハランに、わたしの兄ラバンの所へ逃げて行きなさい。27:44 そして、お兄さんの怒りが治まるまで、しばらく伯父さんの所に置いてもらいなさい。27:45 そのうちに、お兄さんの憤りも治まり、お前のしたことを忘れてくれるだろうから、そのときには人をやってお前を呼び戻します。一日のうちにお前たち二人を失うことなど、どうしてできましょう。」(新共同訳聖書より)

 

  礼拝後読書会が開かれます(下記諸集会案内参照) 


       イースター礼拝       

    (2019年4月14日 午後3時)  

 説教:「復活の朝」

 聖書:「マルコによる福音書」16章1-8節

     説教者:持田 克己

 (日本キリスト教会高槻教会牧師)          

聖書:「マルコによる福音書」16章1-8節 

16:1 安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。16:2 そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。16:3 彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。16:4 ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。16:5 墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。16:6 若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。16:7 さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」16:8 婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。(新共同訳聖書より)

 

《受難節・受難週・イースター》

 人間は創造主である神に逆らい、罪に堕ち、自らに苦悩・悲惨そして死を招きました。しかし、その人間の罪を赦し救おうと、神はひとり子イエス・キリストを世に遣わし、罪無き神の独り子が、人間が負うべき裁き(十字架上の死)を身代わりとして受けてくださり、その死をこえて死から「復活」なさいました。それによって人間は悲惨と永遠の死から救い出されたのです。それは「神の国」の完成に向けての決定的な恵みの出来事です。その神の愛を深く覚え、記念するために、教会は古来「受難節(レント)」、「受難週」を覚え、「復活祭(イースター)」を祝います。   


主日礼拝(2019年4月14日 午後3時)  

 説教:「平和の神はあなたがたと共に」

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章8,9節

     説教者:田部 郁彦

  (日本キリスト教会西都教会牧師)

  (当伝道所応援教師)          

聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章8,9節  

4:8 終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。

4:9 わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます。(新共同訳聖書より) 


主日礼拝(2019年4月7日 午後3時)  

 説教:「サタンのふるいと

      私たちの信仰の立ち直り

 聖書:「ルカによる福音書」22章31-34節

     説教者:安田 修

    (日本キリスト教会教師)          

聖書:「ルカによる福音書」22:31-34  

22:31 「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。

22:32 しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

22:33 するとシモンは、「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と言った。 

22:34 イエスは言われた。「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう。」 

                                                                                                                                                                       (新共同訳聖書より) 


主日礼拝(2019年3月31日 午後3時)  

 説教:「真実の協力者

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」4章1-7節

     説教者:田部 郁彦

    (日本キリスト教会西都教会牧師)

    (当伝道所応援教師)       

聖書:「フィリピの信徒への手紙」4:1-7  

4:1 だから、わたしが愛し、慕っている兄弟たち、わたしの喜びであり、冠である愛する人たち、このように主によってしっかりと立ちなさい。

4:2 わたしはエボディアに勧め、またシンティケに勧めます。主において同じ思いを抱きなさい。

4:3 なお、真実の協力者よ、あなたにもお願いします。この二人の婦人を支えてあげてください。二人は、命の書に名を記されているクレメンスや他の協力者たちと力を合わせて、福音のためにわたしと共に戦ってくれたのです。

4:4 主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。

4:5 あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。

4:6 どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。 

4:7 そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。 

                                                    (新共同訳聖書より) 


主日礼拝(2019年3月24日 午後3時)  

説教:「追いかけてくる祝福

聖書:「創世記」26章1-35節

 説教者:南 望

    (日本キリスト教会香里園教会牧師)      

聖書:「創世記」26:1-35  

 26:1 アブラハムの時代にあった飢饉とは別に、この地方にまた飢饉があったので、イサクはゲラルにいるペリシテ人の王アビメレクのところへ行った。26:2 そのとき、主がイサクに現れて言われた。「エジプトへ下って行ってはならない。わたしが命じる土地に滞在しなさい。26:3 あなたがこの土地に寄留するならば、わたしはあなたと共にいてあなたを祝福し、これらの土地をすべてあなたとその子孫に与え、あなたの父アブラハムに誓ったわたしの誓いを成就する。26:4 わたしはあなたの子孫を天の星のように増やし、これらの土地をすべてあなたの子孫に与える。地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。26:5 アブラハムがわたしの声に聞き従い、わたしの戒めや命令、掟や教えを守ったからである。」26:6 そこで、イサクはゲラルに住んだ。26:7 その土地の人たちがイサクの妻のことを尋ねたとき、彼は、自分の妻だと言うのを恐れて、「わたしの妹です」と答えた。リベカが美しかったので、土地の者たちがリベカのゆえに自分を殺すのではないかと思ったからである。26:8 イサクは長く滞在していたが、あるとき、ペリシテ人の王アビメレクが窓から下を眺めると、イサクが妻のリベカと戯れていた。26:9 アビメレクは早速イサクを呼びつけて言った。「あの女は、本当はあなたの妻ではないか。それなのになぜ、『わたしの妹です』などと言ったのか。」「彼女のゆえにわたしは死ぬことになるかもしれないと思ったからです」とイサクは答えると、26:10 アビメレクは言った。「あなたは何ということをしたのだ。民のだれかがあなたの妻と寝たら、あなたは我々を罪に陥れるところであった。」26:11 アビメレクはすべての民に命令を下した。「この人、またはその妻に危害を加える者は、必ず死刑に処せられる。」26:12 イサクがその土地に穀物の種を蒔くと、その年のうちに百倍もの収穫があった。イサクが主の祝福を受けて、26:13 豊かになり、ますます富み栄えて、26:14 多くの羊や牛の群れ、それに多くの召し使いを持つようになると、ペリシテ人はイサクをねたむようになった。

  26:15 ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた。26:16 アビメレクはイサクに言った。「あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい。」

26:17 イサクはそこを去って、ゲラルの谷に天幕を張って住んだ。26:18 そこにも、父アブラハムの時代に掘った井戸が幾つかあったが、アブラハムの死後、ペリシテ人がそれらをふさいでしまっていた。イサクはそれらの井戸を掘り直し、父が付けたとおりの名前を付けた。26:19 イサクの僕たちが谷で井戸を掘り、水が豊かに湧き出る井戸を見つけると、26:20 ゲラルの羊飼いは、「この水は我々のものだ」とイサクの羊飼いと争った。そこで、イサクはその井戸をエセク(争い)と名付けた。彼らがイサクと争ったからである。26:21 イサクの僕たちがもう一つの井戸を掘り当てると、それについても争いが生じた。そこで、イサクはその井戸をシトナ(敵意)と名付けた。26:22 イサクはそこから移って、更にもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付け、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言った。26:23 イサクは更に、そこからベエル・シェバに上った。26:24 その夜、主が現れて言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを祝福し、子孫を増やす/わが僕アブラハムのゆえに。」26:25 イサクは、そこに祭壇を築き、主の御名を呼んで礼拝した。彼はそこに天幕を張り、イサクの僕たちは井戸を掘った。

 26:26 アビメレクが参謀のアフザトと軍隊の長のピコルと共に、ゲラルからイサクのところに来た。26:27 イサクは彼らに尋ねた。「あなたたちは、わたしを憎んで追い出したのに、なぜここに来たのですか。」26:28 彼らは答えた。「主があなたと共におられることがよく分かったからです。そこで考えたのですが、我々はお互いに、つまり、我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたいのです。26:29 以前、我々はあなたに何ら危害を加えず、むしろあなたのためになるよう計り、あなたを無事に送り出しました。そのようにあなたも、我々にいかなる害も与えないでください。あなたは確かに、主に祝福された方です。」26:30 そこで、イサクは彼らのために祝宴を催し、共に飲み食いした。26:31 次の朝早く、互いに誓いを交わした後、イサクは彼らを送り出し、彼らは安らかに去って行った。26:32 その日に、井戸を掘っていたイサクの僕たちが帰って来て、「水が出ました」と報告した。26:33 そこで、イサクはその井戸をシブア(誓い)と名付けた。そこで、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバ(誓いの井戸)といわれている。

 

 26:34 エサウは、四十歳のときヘト人ベエリの娘ユディトとヘト人エロンの娘バセマトを妻として迎えた。26:35 彼女たちは、イサクとリベカにとって悩みの種となった。(新共同訳聖書より)


主日礼拝(2019年3月17日 午後3時)  

 説教:「モーセの召命

 聖書:「出エジプト記」3章1-12節

     説教者:持田 克己

    (日本キリスト教会高槻教会牧師)      

聖書:「出エジプト記3:1-12

 

3:1 モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。

3:2 そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。

3:3 モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」

3:4 主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、

3:5 神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」

3:6 神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。

3:7 主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。

3:8 それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。

3:9 見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。

3:10 今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」

3:11 モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」

 

3:12 神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」(新共同訳聖書より) 


主日礼拝(2019年3月10日 午後3時)  

 説教:「私たちの本国は天にあり

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」3章17-21節

     説教者:田部 郁彦

    (日本キリスト教会西都教会牧師)

    (当伝道所応援教会教師)  

聖書:フィリピの信徒への手紙」3:17-21

 3:17 兄弟たち、皆一緒にわたしに倣う者となりなさい。また、あなたがたと同じように、わたしたちを模範として歩んでいる人々に目を向けなさい。

3:18 何度も言ってきたし、今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです。

3:19 彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。

3:20 しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。 

 

3:21 キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。(新共同訳聖書より) 


主日礼拝(2019年3月3日 午後3時)  

 説教:「喜びが満ちあふれるために

 聖書:「ヨハネの手紙Ⅰ」1章1-4節

     説教者:安田 修

    (日本キリスト教会教師)  

聖書:ヨハネの手紙Ⅰ」1 :1-4

 1:1 初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。――

1:2 この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。――

1:3 わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。 

1:4 わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです。(新共同訳聖書より) 


主日礼拝(2019年2月24日 午後3時)  

 説教:「神の祝福をつかみ取る

 聖書:「創世記」25章19-34節

     説教者:南 望

    (日本キリスト教会香里園教会牧師)  

聖書:創世記」25 :19-34

 25:19 アブラハムの息子イサクの系図は次のとおりである。アブラハムにはイサクが生まれた。

25:20 イサクは、リベカと結婚したとき四十歳であった。リベカは、パダン・アラムのアラム人ベトエルの娘で、アラム人ラバンの妹であった。

25:21 イサクは、妻に子供ができなかったので、妻のために主に祈った。その祈りは主に聞き入れられ、妻リベカは身ごもった。

25:22 ところが、胎内で子供たちが押し合うので、リベカは、「これでは、わたしはどうなるのでしょう」と言って、主の御心を尋ねるために出かけた。

25:23 主は彼女に言われた。「二つの国民があなたの胎内に宿っており/二つの民があなたの腹の内で分かれ争っている。一つの民が他の民より強くなり/兄が弟に仕えるようになる。」

25:24 月が満ちて出産の時が来ると、胎内にはまさしく双子がいた。

25:25 先に出てきた子は赤くて、全身が毛皮の衣のようであったので、エサウと名付けた。

25:26 その後で弟が出てきたが、その手がエサウのかかと(アケブ)をつかんでいたので、ヤコブと名付けた。リベカが二人を産んだとき、イサクは六十歳であった。

25:27 二人の子供は成長して、エサウは巧みな狩人で野の人となったが、ヤコブは穏やかな人で天幕の周りで働くのを常とした。

25:28 イサクはエサウを愛した。狩りの獲物が好物だったからである。しかし、リベカはヤコブを愛した。

25:29 ある日のこと、ヤコブが煮物をしていると、エサウが疲れきって野原から帰って来た。

25:30 エサウはヤコブに言った。「お願いだ、その赤いもの(アドム)、そこの赤いものを食べさせてほしい。わたしは疲れきっているんだ。」彼が名をエドムとも呼ばれたのはこのためである。

25:31 ヤコブは言った。「まず、お兄さんの長子の権利を譲ってください。」

25:32 「ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい」とエサウが答えると、

25:33 ヤコブは言った。「では、今すぐ誓ってください。」エサウは誓い、長子の権利をヤコブに譲ってしまった。  

25:34 ヤコブはエサウにパンとレンズ豆の煮物を与えた。エサウは飲み食いしたあげく立ち、去って行った。こうしてエサウは、長子の権利を軽んじた。(新共同訳聖書より)

 


主日礼拝(2019年2月17日 午後3時)  

 説教:「テモテとエパフロディト

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」2章19-30節

     説教者:持田 克己

    (日本キリスト教会高槻教会牧師)  

聖書:フィリピの信徒への手紙」2 :19-30

 2:19 さて、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいので、間もなくテモテをそちらに遣わすことを、主イエスによって希望しています。2:20 テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。2:21 他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。2:22 テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、息子が父に仕えるように、彼はわたしと共に福音に仕えました。2:23 そこで、わたしは自分のことの見通しがつきしだいすぐ、テモテを送りたいと願っています。2:24 わたし自身も間もなくそちらに行けるものと、主によって確信しています。2:25 ところでわたしは、エパフロディトをそちらに帰さねばならないと考えています。彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれましたが、2:26 しきりにあなたがた一同と会いたがっており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。2:27 実際、彼はひん死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました。彼だけでなく、わたしをも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださいました。2:28 そういうわけで、大急ぎで彼を送ります。あなたがたは再会を喜ぶでしょうし、わたしも悲しみが和らぐでしょう。2:29 だから、主に結ばれている者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい。2:30 わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです。 

                                                                                                                                                                              (新共同訳聖書より) 


主日礼拝(2019年2月10日 午後3時)  

 説教:「目標を目指して走る

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」3章12-16節

     説教者:田部 郁彦

    (日本キリスト教会西都教会牧師)

    (当伝道所応援教師) 

聖書:フィリピの信徒への手紙」3 :12-16 

 3:12 わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。

3:13 兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、

3:14 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。

3:15 だから、わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。しかし、あなたがたに何か別の考えがあるなら、神はそのことをも明らかにしてくださいます。

3:16 いずれにせよ、わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです。          (新共同訳聖書より) 


主日礼拝2019年2月3日 午後3時)  

 説教:「救い・・・幼子のように

 聖書:「マルコによる福音書」10章13ー16節

     説教者:安田 修

    (日本キリスト教会教師) 

聖書:マルコによる福音書」10 :13-16 

10:13 イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。

10:14 しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。

10:15 はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」 

10:16 そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。          (新共同訳聖書より) 


主日礼拝2019年1月27日 午後3時)  

 説教:「満ち足りて死を迎える

 聖書:「創世記」25編1ー18節

     説教者:南 望

   (日本キリスト教会香里園教会牧師) 

聖書:創世記」25 : 1-18 

アブラハムは、再び妻をめとった。その名はケトラといった。 彼女は、アブラハムとの間にジムラン、ヨクシャン、メダン、ミディアン、イシュバク、シュアを産んだ。 ヨクシャンにはシェバとデダンが生まれた。デダンの子孫は、アシュル人、レトシム人、レウミム人であった。 ミディアンの子孫は、エファ、エフェル、ハノク、アビダ、エルダアであった。これらは皆、ケトラの子孫であった。 アブラハムは、全財産をイサクに譲った。 側女の子供たちには贈り物を与え、自分が生きている間に、東の方、ケデム地方へ移住させ、息子イサクから遠ざけた。 アブラハムの生涯は百七十五年であった。 アブラハムは長寿を全うして息を引き取り、満ち足りて死に、先祖の列に加えられた。 息子イサクとイシュマエルは、マクペラの洞穴に彼を葬った。その洞穴はマムレの前の、ヘト人ツォハルの子エフロンの畑の中にあったが、 その畑は、アブラハムがヘトの人々から買い取ったものである。そこに、アブラハムは妻サラと共に葬られた。 アブラハムが死んだ後、神は息子のイサクを祝福された。イサクは、ベエル・ラハイ・ロイの近くに住んだ。 サラの女奴隷であったエジプト人ハガルが、アブラハムとの間に産んだ息子イシュマエルの系図は次のとおりである。 イシュマエルの息子たちの名前は、生まれた順に挙げれば、長男がネバヨト、次はケダル、アドベエル、ミブサム、 ミシュマ、ドマ、マサ、 ハダド、テマ、エトル、ナフィシュ、ケデマである。 以上がイシュマエルの息子たちで、村落や宿営地に従って付けられた名前である。彼らはそれぞれの部族の十二人の首長であった。 イシュマエルの生涯は百三十七年であった。彼は息を引き取り、死んで先祖の列に加えられた。 イシュマエルの子孫は、エジプトに近いシュルに接したハビラからアシュル方面に向かう道筋に沿って宿営し、互いに敵対しつつ生活していた。            (新共同訳聖書より) 


      主日礼拝2019年1月20日 午後3時)  

 説教:「主を讃美せよ

 聖書:「詩編」33編1ー7節

     説教者:持田 克己

   (日本キリスト教会高槻教会牧師) 

聖書:詩編」33 : 1-7  

33:1 主に従う人よ、主によって喜び歌え。主を賛美することは正しい人にふさわしい。

33:2 琴を奏でて主に感謝をささげ/十弦の琴を奏でてほめ歌をうたえ。

33:3 新しい歌を主に向かってうたい/美しい調べと共に喜びの叫びをあげよ。

33:4 主の御言葉は正しく/御業はすべて真実。

33:5 主は恵みの業と裁きを愛し/地は主の慈しみに満ちている。

33:6 御言葉によって天は造られ/主の口の息吹によって天の万象は造られた。 

33:7 主は大海の水をせき止め/深淵の水を倉に納められた。

                (新共同訳聖書より) 


      主日礼拝2019年1月13日( 午後3時)  

 説教:「天地創造

 聖書:「創世記」1章1ー5節

     説教者:田部 郁彦

   (日本キリスト教会西都教会牧師)

   (当伝道所応援教師)   

聖書:創世記」1 : 1-5  

1:1 初めに、神は天地を創造された。

1:2 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。

1:3 神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

1:4 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、 

1:5 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。

                                                   (新共同訳聖書より) 

 


主日礼拝2019年1月6日 午後3時)  

 説教:「神の知恵・キリストを宣べ伝える

 聖書:「コリント信徒への手紙」1章18ー25節

     説教者:安田 修

   (日本キリスト教会教師)   

聖書:コリント信徒への手紙」1 : 18-25  

1:18 十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。

1:19 それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さを意味のないものにする。」

1:20 知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。

1:21 世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。

1:22 ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、

1:23 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、

1:24 ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。 

1:25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。(新共同訳聖書より) 


主日礼拝2018年12月30日 午後3時)  

 説教:「救いの時を待ち望む

 聖書:「イザヤ書」35章1ー10節

     説教者:田部 郁彦

   (日本キリスト教会西都教会牧師)

   (当伝道所応援教師) 

聖書:「イザヤ書」35 : 1-10  

35:1 荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ/砂漠よ、喜び、花を咲かせよ/野ばらの花を一面に咲かせよ。

35:2 花を咲かせ/大いに喜んで、声をあげよ。砂漠はレバノンの栄光を与えられ/カルメルとシャロンの輝きに飾られる。人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。

35:3 弱った手に力を込め/よろめく膝を強くせよ。

35:4 心おののく人々に言え。「雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる。」

35:5 そのとき、見えない人の目が開き/聞こえない人の耳が開く。

35:6 そのとき/歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う。荒れ野に水が湧きいで/荒れ地に川が流れる。

35:7 熱した砂地は湖となり/乾いた地は水の湧くところとなる。山犬がうずくまるところは/葦やパピルスの茂るところとなる。

35:8 そこに大路が敷かれる。その道は聖なる道と呼ばれ/汚れた者がその道を通ることはない。主御自身がその民に先立って歩まれ/愚か者がそこに迷い入ることはない。

35:9 そこに、獅子はおらず/獣が上って来て襲いかかることもない。解き放たれた人々がそこを進み 

35:10 主に贖われた人々は帰って来る。とこしえの喜びを先頭に立てて/喜び歌いつつシオンに帰り着く。喜びと楽しみが彼らを迎え/嘆きと悲しみは逃げ去る。        (新共同訳聖書より)


主日礼拝2018年12月23日 午後3時)  

 説教:「天に栄光、地に平和

 聖書:「ルカによる福音書」2章1ー20節

     説教者:南 望

   (日本キリスト教会香里園教会牧師) 

聖書:「ルカによる福音書」2 : 1-20  

 2:1 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。2:2 これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。2:3 人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。2:4 ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。2:5 身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。2:6 ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、2:7 初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。2:8 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。2:9 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。2:10 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。2:11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。2:12 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」2:13 すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。2:14 「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」2:15 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。2:16 そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。2:17 その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。2:18 聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。2:19 しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。2:20 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。                                                                                                                                                                   (新共同訳聖書より)

《クリスマスについて》

クリスマスは、救い主イエス・キリストの誕生を喜び祝うキリスト教会の祝日です。約2000年前に誕生されたのですが、この救い主は、いわゆる皇帝や王として栄光に満ち、すべての者がひれ伏し崇めて、歴史の中に消え去ったヒーローではありません。この世界は人間が作り出した繁栄の半面で、闇の部分(悲惨さや苦しみ悲しみ)で溢れています。キリスト教会ではその人間の闇を神様から離れた罪と呼んでいますが、イエス・キリストが神の独り子として闇の極みまで降りてくださり、私たち人間のすべての罪を背負って十字架にかかって死んでくださり、三日の後復活され、その罪を許して下さった、そのことを最も大切にしています。その神の愛を喜び感謝する時がクリスマスです。

主日礼拝2018年12月16日 午後3時)  

 説教:「神は我々と共におられる

 聖書:「マタイによる福音書」1章18ー25節

     説教者:持田 克己

   (日本キリスト教会高槻教会牧師) 

聖書:「マタイによる福音書」1 : 18-25  

1:18 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。1:19 夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。

1:20 このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。1:21 マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」1:22 このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。1:23 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。1:24 ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、 1:25 男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。                                                                                                                                                                                                                                       (新共同訳聖書より) 


主日礼拝2018年12月9日 午後3時)  

 説教:「時が来れば実現する

 聖書:「ルカによる福音書」1章5-26節

     説教者:田部 郁彦

   (日本キリスト教会西都教会牧師)

   (当伝道所応援教師)

 

聖書:「ルカによる福音書」1 : 5-26  

1:5 ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。1:6 二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。1:7 しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。1:8 さて、ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、1:9 祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。1:10 香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。1:11 すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。1:12 ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。1:13 天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。1:14 その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。1:15 彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、1:16 イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。1:17 彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」1:18 そこで、ザカリアは天使に言った。「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」1:19 天使は答えた。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。1:20 あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」1:21 民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを、不思議に思っていた。1:22 ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。1:23 やがて、務めの期間が終わって自分の家に帰った。1:24 その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そして、こう言った。1:25 「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」 

1:26 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。(新共同訳聖書より) 

主日礼拝2018年12月2日 午後3時)

 説教:「神はすべての人を、

     不従順の状態に閉じ込められた

 聖書:「ローマの信徒への手紙」11章25-36節

     説教者:安田 修

   (日本キリスト教会教師)

聖書:「ローマの信徒への手紙」11 : 25-36  

11:25 兄弟たち、自分を賢い者とうぬぼれないように、次のような秘められた計画をぜひ知ってもらいたい。すなわち、一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人全体が救いに達するまでであり、

11:26 こうして全イスラエルが救われるということです。次のように書いてあるとおりです。「救う方がシオンから来て、/ヤコブから不信心を遠ざける。

11:27 これこそ、わたしが、彼らの罪を取り除くときに、/彼らと結ぶわたしの契約である。」

11:28 福音について言えば、イスラエル人は、あなたがたのために神に敵対していますが、神の選びについて言えば、先祖たちのお陰で神に愛されています。

11:29 神の賜物と招きとは取り消されないものなのです。

11:30 あなたがたは、かつては神に不従順でしたが、今は彼らの不従順によって憐れみを受けています。

11:31 それと同じように、彼らも、今はあなたがたが受けた憐れみによって不従順になっていますが、それは、彼ら自身も今憐れみを受けるためなのです。

11:32 神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、それは、すべての人を憐れむためだったのです。

11:33 ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう。

11:34 「いったいだれが主の心を知っていたであろうか。だれが主の相談相手であっただろうか。

11:35 だれがまず主に与えて、/その報いを受けるであろうか。」

11:36 すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン。

(新共同訳聖書より) 

《アドベントについて》

 神の子、主イエス・キリスト誕生を祝うクリスマス、その日を迎える準備をする期間のことを「アドベント」(待降節)といいます。2000年ほど前のこと、救い主(=キリスト)イエスが誕生しました。地上での生涯を経て、私たちの罪の贖いのため十字架に架かり、死んで葬られた主イエスは、3日目に復活し、弟子達に現れ、昇天して神の右に座しておられます(下記クリスマスの項をご参照ください)。時いたって主イエスは、救いを完成するため栄光のうちに再び来られます(「再臨」)。アドベントは、クリスマスを迎える準備をすると共に、「再臨」にむけての準備の時ともなりました。

 アドベントは11月27日から12月3日の間の主日(日曜日)から始まります。今年は12月2日、9日、16日にアドベントの礼拝に与ります。


主日礼拝2018年11月25日 午後3時)  

 説教:「信仰に生きる者の姿

 聖書:「創世記」24章28-67節

     説教者:南  望

  (日本キリスト教会香里園教会牧師)

聖書:「創世記」24 : 28-67  

 24:28 娘は走って行き、母の家の者に出来事を告げた。24:29 リベカにはラバンという兄がいたが、ラバンはすぐに町の外れの泉の傍らにいるその人のところへ走った。24:30 妹が着けている鼻輪と腕輪を見、妹リベカが、「その人がこう言いました」と話しているのを聞いたためである。彼が行ってみると、確かに泉のほとりのらくだのそばにその人が立っていた。24:31 そこで、ラバンは言った。「おいでください。主に祝福されたお方。なぜ、町の外に立っておられるのですか。わたしが、お泊まりになる部屋もらくだの休む場所も整えました。」24:32 その人は家に来て、らくだの鞍をはずした。らくだにはわらと餌が与えられ、その人と従者たちには足を洗う水が運ばれた。24:33 やがて食事が前に並べられたが、その人は言った。「用件をお話しするまで、食事をいただくわけにはまいりません。」「お話しください」とラバンが答えると、24:34 その人は語り始めた。「わたしはアブラハムの僕でございます。24:35 主がわたしの主人を大層祝福され、羊や牛の群れ、金銀、男女の奴隷、らくだやろばなどをお与えになったので、主人は裕福になりました。24:36 奥様のサラは、年をとっていましたのに、わたしの主人との間に男の子を産みました。その子にわたしの主人は全財産をお譲りになったのです。24:37 主人はわたしに誓いを立てさせ、『あなたはわたしの息子の嫁を、わたしが今住んでいるカナンの土地の娘から選び取るな。24:38 わたしの父の家、わたしの親族のところへ行って、息子の嫁を連れて来るように』と命じました。24:39 わたしが主人に、『もしかすると、相手の女がわたしに従って来たくないと言うかもしれません』と申しますと、24:40 主人は、『わたしは今まで主の導きに従って歩んできた。主は御使いを遣わしてお前に伴わせ、旅の目的をかなえてくださる。お前は、わたしの親族、父の家から息子のために嫁を連れて来ることができよう。24:41 そのとき初めて、お前はわたしに対する誓いを解かれる。またもし、わたしの親族のところに行っても、娘をもらえない場合には、お前はこの誓いを解かれる』と言いました。24:42 こういうわけで、わたしは、今日、泉の傍らにやって来て、祈っておりました。『主人アブラハムの神、主よ。わたしがたどってきたこの旅の目的を、もしあなたが本当にかなえてくださるおつもりなら、24:43 わたしは今、御覧のように、泉の傍らに立っていますから、どうか、おとめが水をくみにやって来るようになさってください。彼女に、あなたの水がめの水を少し飲ませてください、と頼んでみます。24:44 どうぞお飲みください、らくだにも水をくんであげましょう、と彼女が答えましたなら、その娘こそ、主が主人の息子のためにお決めになった方であるといたします。』24:45 わたしがまだ心に言い終わらないうちに、リベカさまが水がめを肩に載せて来られたではありませんか。そして、泉に下りて行き、水をおくみになりました。わたしが、『どうか、水を飲ませてください』と頼みますと、24:46 リベカさまはすぐに水がめを肩から下ろして、『どうぞお飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えてくださいました。わたしも飲み、らくだも飲ませていただいたのです。

24:47 『あなたは、どなたの娘さんですか』とお尋ねしたところ、『ナホルとミルカの子ベトエルの娘です』と答えられましたので、わたしは鼻輪を鼻に、腕輪を腕に着けて差し上げたのです。24:48 わたしはひざまずいて主を伏し拝み、主人アブラハムの神、主をほめたたえました。主は、主人の子息のために、ほかならぬ主人の一族のお嬢さまを迎えることができるように、わたしの旅路をまことをもって導いてくださいました。24:49 あなたがたが、今、わたしの主人に慈しみとまことを示してくださるおつもりならば、そうおっしゃってください。そうでなければ、そうとおっしゃってください。それによって、わたしは進退を決めたいと存じます。」

 4:50 ラバンとベトエルは答えた。「このことは主の御意志ですから、わたしどもが善し悪しを申すことはできません。24:51 リベカはここにおります。どうぞお連れください。主がお決めになったとおり、御主人の御子息の妻になさってください。」24:52 アブラハムの僕はこの言葉を聞くと、地に伏して主を拝した。24:53 そして、金銀の装身具や衣装を取り出してリベカに贈り、その兄と母にも高価な品物を贈った。24:54 僕と従者たちは酒食のもてなしを受け、そこに泊まった。次の朝、皆が起きたとき、僕が、「主人のところへ帰らせてください」と言うと、24:55 リベカの兄と母は、「娘をもうしばらく、十日ほど、わたしたちの手もとに置いて、それから行かせるようにしたいのです」と頼んだ。24:56 しかし僕は言った。「わたしを、お引き止めにならないでください。この旅の目的をかなえさせてくださったのは主なのですから。わたしを帰らせてください。主人のところへ参ります。」24:57 「娘を呼んで、その口から聞いてみましょう」と彼らは言い、24:58 リベカを呼んで、「お前はこの人と一緒に行きますか」と尋ねた。「はい、参ります」と彼女は答えた。24:59 彼らは妹であるリベカとその乳母、アブラハムの僕とその従者たちを一緒に出立させることにし、24:60 リベカを祝福して言った。「わたしたちの妹よ/あなたが幾千万の民となるように。あなたの子孫が敵の門を勝ち取るように。」24:61 リベカは、侍女たちと共に立ち上がり、らくだに乗り、その人の後ろに従った。僕はリベカを連れて行った。24:62 イサクはネゲブ地方に住んでいた。そのころ、ベエル・ラハイ・ロイから帰ったところであった。24:63 夕方暗くなるころ、野原を散策していた。目を上げて眺めると、らくだがやって来るのが見えた。24:64 リベカも目を上げて眺め、イサクを見た。リベカはらくだから下り、24:65 「野原を歩いて、わたしたちを迎えに来るあの人は誰ですか」と僕に尋ねた。「あの方がわたしの主人です」と僕が答えると、リベカはベールを取り出してかぶった。24:66 僕は、自分が成し遂げたことをすべてイサクに報告した。24:67 イサクは、母サラの天幕に彼女を案内した。彼はリベカを迎えて妻とした。イサクは、リベカを愛して、亡くなった母に代わる慰めを得た。(「新共同訳聖書」より) 


主日礼拝2018年11月18日 午後3時)  

 説教:砕かれ、悔いる心

 聖書:「詩編」51編12-21節

     説教者:持田 克己

  (日本キリスト教会高槻教会牧師)

  

聖書:「詩編」51 : 12-21  

51:12 神よ、わたしの内に清い心を創造し/新しく確かな霊を授けてください。

51:13 御前からわたしを退けず/あなたの聖なる霊を取り上げないでください。

51:14 御救いの喜びを再びわたしに味わわせ/自由の霊によって支えてください。

51:15 わたしはあなたの道を教えます/あなたに背いている者に/罪人が御もとに立ち帰るように。

51:16 神よ、わたしの救いの神よ/流血の災いからわたしを救い出してください。恵みの御業をこの舌は喜び歌います。

51:17 主よ、わたしの唇を開いてください/この口はあなたの賛美を歌います。

51:18 もしいけにえがあなたに喜ばれ/焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら/わたしはそれをささげます。

51:19 しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を/神よ、あなたは侮られません。

51:20 御旨のままにシオンを恵み/エルサレムの城壁を築いてください。

51:21 そのときには、正しいいけにえも/焼き尽くす完全な献げ物も、あなたに喜ばれ/そのときには、あなたの祭壇に/雄牛がささげられるでしょう。(「新共同訳聖書」より)


主日礼拝(特別伝道礼拝)(2018年11月11日 午後3時)     

 説教:「不公平だと思えるときに

 聖書:「マタイによる福音書」25 : 14-30

     説教者:田部 郁彦

  (日本キリスト教会西都教会牧師)

  (当伝道所応援教師)

    右下のご案内をご覧ください  

聖書:「マタイによる福音書」25 : 14-30  

25:14 「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。25:15 それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、25:16 五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。25:17 同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。25:18 しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。25:19 さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。25:20 まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』25:21 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』25:22 次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』25:23 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』25:24 ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、25:25 恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』25:26 主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。25:27 それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。25:28 さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。

25:29 だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。25:30 この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」(「新共同訳聖書」より)  

 


主日礼拝(2018年11月4日 午後3時)

 説教:「小さな者を、

   一人でも軽んじない信仰」

 聖書:「マタイによる福音書」18 : 10ー14

     説教者:安田 修

  (日本キリスト教会教師)  

聖書:「マタイによる福音書」18 : 10ー14 

 18:10 「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。

18:12 あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。

18:13 はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。 

18:14 そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」(「新共同訳聖書」より) 


主日礼拝(2018年10月28日 午後3時)

 説教:「神の慈しみを求めて」

 聖書:「創世記」24 : 1ー27

     説教者:南 望

(日本キリスト教会香里園教会牧師)  

聖書:創世記」24 : 1ー27 

 24:1 アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた。24:2 アブラハムは家の全財産を任せている年寄りの僕に言った。「手をわたしの腿の間に入れ、

24:3 天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、

 

24:4 わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れて来るように。」24:5 僕は尋ねた。「もしかすると、その娘がわたしに従ってこの土地へ来たくないと言うかもしれません。その場合には、御子息をあなたの故郷にお連れしてよいでしょうか。」24:6 アブラハムは答えた。「決して、息子をあちらへ行かせてはならない。24:7 天の神である主は、わたしを父の家、生まれ故郷から連れ出し、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言って、わたしに誓い、約束してくださった。その方がお前の行く手に御使いを遣わして、そこから息子に嫁を連れて来ることができるようにしてくださる。24:8 もし女がお前に従ってこちらへ来たくないと言うならば、お前は、わたしに対するこの誓いを解かれる。ただわたしの息子をあちらへ行かせることだけはしてはならない。」24:9 そこで、僕は主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを彼に誓った。24:10 僕は主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発した。24:11 女たちが水くみに来る夕方、彼は、らくだを町外れの井戸の傍らに休ませて、24:12 祈った。「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。24:13 わたしは今、御覧のように、泉の傍らに立っています。この町に住む人の娘たちが水をくみに来たとき、24:14 その一人に、『どうか、水がめを傾けて、飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。そのことによってわたしは、あなたが主人に慈しみを示されたのを知るでしょう。」24:15 僕がまだ祈り終わらないうちに、見よ、リベカが水がめを肩に載せてやって来た。彼女は、アブラハムの兄弟ナホルとその妻ミルカの息子ベトエルの娘で、24:16 際立って美しく、男を知らない処女であった。彼女が泉に下りて行き、水がめに水を満たして上がって来ると、24:17 僕は駆け寄り、彼女に向かい合って語りかけた。「水がめの水を少し飲ませてください。」24:18 すると彼女は、「どうぞ、お飲みください」と答え、すぐに水がめを下ろして手に抱え、彼に飲ませた。24:19 彼が飲み終わると、彼女は、「らくだにも水をくんで来て、たっぷり飲ませてあげましょう」と言いながら、24:20 すぐにかめの水を水槽に空け、また水をくみに井戸に走って行った。こうして、彼女はすべてのらくだに水をくんでやった。24:21 その間、僕は主がこの旅の目的をかなえてくださるかどうかを知ろうとして、黙って彼女を見つめていた。24:22 らくだが水を飲み終わると、彼は重さ一ベカの金の鼻輪一つと十シェケルの金の腕輪二つを取り出しながら、24:23 「あなたは、どなたの娘さんですか。教えてください。お父さまの家にはわたしどもが泊めていただける場所があるでしょうか」と尋ねた。24:24 すると彼女は、「わたしは、ナホルとその妻ミルカの子ベトエルの娘です」と答え、24:25 更に続けて、「わたしどもの所にはわらも餌もたくさんあります。お泊まりになる場所もございます」と言った。24:26 彼はひざまずいて主を伏し拝み、24:27 「主人アブラハムの神、主はたたえられますように。主の慈しみとまことはわたしの主人を離れず、主はわたしの旅路を導き、主人の一族の家にたどりつかせてくださいました」と祈った。(「新共同訳聖書」より)


主日礼拝(2018年10月21日 午後3時)

 説教:「神と共に歩む」

 聖書:「ミカ書」6 : 1ー8

     説教者:持田 克己

(日本キリスト教会高槻教会牧師)  

聖書:ミカ書」6 : 1ー8

 6:1 聞け、主の言われることを。立って、告発せよ、山々の前で。峰々にお前の声を聞かせよ。

6:2 聞け、山々よ、主の告発を。とこしえの地の基よ。主は御自分の民を告発し/イスラエルと争われる。

6:3 「わが民よ。わたしはお前に何をしたというのか。何をもってお前を疲れさせたのか。わたしに答えよ。

6:4 わたしはお前をエジプトの国から導き上り/奴隷の家から贖った。また、モーセとアロンとミリアムを/お前の前に遣わした。

6:5 わが民よ、思い起こすがよい。モアブの王バラクが何をたくらみ/ベオルの子バラムがそれに何と答えたかを。シティムからギルガルまでのことを思い起こし/主の恵みの御業をわきまえるがよい。」

6:6 何をもって、わたしは主の御前に出で/いと高き神にぬかずくべきか。焼き尽くす献げ物として/当歳の子牛をもって御前に出るべきか。

6:7 主は喜ばれるだろうか/幾千の雄羊、幾万の油の流れを。わが咎を償うために長子を/自分の罪のために胎の実をささげるべきか。

 

6:8 人よ、何が善であり/主が何をお前に求めておられるかは/お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し/へりくだって神と共に歩むこと、これである。(「新共同訳聖書」より) 


主日礼拝(2018年10月14日 午後3時)

 聖書:「フィリピ信徒への手紙」3 : 1ー11

     説教者:田部 郁彦

(日本キリスト教会西都教会牧師)

 (当教会応援教師)

 

聖書:フィリピ信徒への手紙」3 : 1ー11

 3:1 では、わたしの兄弟たち、主において喜びなさい。同じことをもう一度書きますが、これはわたしには煩わしいことではなく、あなたがたにとって安全なことなのです。

3:2 あの犬どもに注意しなさい。よこしまな働き手たちに気をつけなさい。切り傷にすぎない割礼を持つ者たちを警戒しなさい。

3:3 彼らではなく、わたしたちこそ真の割礼を受けた者です。わたしたちは神の霊によって礼拝し、キリスト・イエスを誇りとし、肉に頼らないからです。

3:4 とはいえ、肉にも頼ろうと思えば、わたしは頼れなくはない。だれかほかに、肉に頼れると思う人がいるなら、わたしはなおさらのことです。

3:5 わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、

3:6 熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした。

3:7 しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。

3:8 そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、

3:9 キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。

3:10 わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、

3:11 何とかして死者の中からの復活に達したいのです。(「新共同訳聖書」より) 

 


主日礼拝(2018年10月7日午後3時)

 説教:「神は、世を愛された」

 聖書:「ヨハネによる福音書」3 : 16ー21

     説教者:安田 修

(日本キリスト教会教師)

 

 

聖書:「ヨハネによる福音書」3 : 16ー21

3:16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

3:17 神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。

3:18 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。

3:19 光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。

3:20 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。

3:21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」

(「新共同訳聖書」より)

 


主日礼拝(2018年9月30日 午後3時)

 説教:「主キリストを知る」

 聖書:「フィリピ信徒への手紙」3 : 1ー11

     説教者:田部 郁彦

(日本キリスト教会西都教会牧師) 

 (当教会応援教師)

 

(台風24号、滋賀地方直撃、外出不可のため出席者無し。本日の説教は10月14日に延期されました)

 

主日礼拝(2018年9月23日 午後3時)

 説教:「愛する者の死」

 聖書:「創世記」23 : 1ー20

     説教者:南 望

(日本キリスト教会香里園教会教会牧師)

 

聖書:創世記」23 : 1ー20 

23:1 サラの生涯は百二十七年であった。これがサラの生きた年数である。

23:2 サラは、カナン地方のキルヤト・アルバ、すなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは、サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ。23:3 アブラハムは遺体の傍らから立ち上がり、ヘトの人々に頼んだ。23:4 「わたしは、あなたがたのところに一時滞在する寄留者ですが、あなたがたが所有する墓地を譲ってくださいませんか。亡くなった妻を葬ってやりたいのです。」23:5 ヘトの人々はアブラハムに答えた。「どうか、23:6 御主人、お聞きください。あなたは、わたしどもの中で神に選ばれた方です。どうぞ、わたしどもの最も良い墓地を選んで、亡くなられた方を葬ってください。わたしどもの中には墓地の提供を拒んで、亡くなられた方を葬らせない者など、一人もいません。」23:7 アブラハムは改めて国の民であるヘトの人々に挨拶をし、23:8 頼んだ。「もし、亡くなった妻を葬ることをお許しいただけるなら、ぜひ、わたしの願いを聞いてください。ツォハルの子、エフロンにお願いして、23:9 あの方の畑の端にあるマクペラの洞穴を譲っていただきたいのです。十分な銀をお支払いしますから、皆様方の間に墓地を所有させてください。」23:10 エフロンはそのとき、ヘトの人々の間に座っていた。ヘトの人エフロンは、町の門の広場に集まって来たすべてのヘトの人々が聞いているところで、アブラハムに答えた。23:11 「どうか、御主人、お聞きください。あの畑は差し上げます。あそこにある洞穴も差し上げます。わたしの一族が立ち会っているところで、あなたに差し上げますから、早速、亡くなられた方を葬ってください。」23:12 アブラハムは国の民の前で挨拶をし、23:13 国の民の聞いているところで、エフロンに頼んだ。「わたしの願いを聞き入れてくださるなら、どうか、畑の代金を払わせてください。どうぞ、受け取ってください。そうすれば、亡くなった妻をあそこに葬ってやれます。」23:14 エフロンはアブラハムに答えた。「どうか、23:15 御主人、お聞きください。あの土地は銀四百シェケルのものです。それがあなたとわたしの間で、どれほどのことでしょう。早速、亡くなられた方を葬ってください。」23:16 アブラハムはこのエフロンの言葉を聞き入れ、エフロンがヘトの人々が聞いているところで言った値段、銀四百シェケルを商人の通用銀の重さで量り、エフロンに渡した。

 

23:17 こうして、マムレの前のマクペラにあるエフロンの畑は、土地とそこの洞穴と、その周囲の境界内に生えている木を含め、23:18 町の門の広場に来ていたすべてのヘトの人々の立ち会いのもとに、アブラハムの所有となった。23:19 その後アブラハムは、カナン地方のヘブロンにあるマムレの前のマクペラの畑の洞穴に妻のサラを葬った。23:20 その畑とそこの洞穴は、こうして、ヘトの人々からアブラハムが買い取り、墓地として所有することになった。(「新共同訳聖書」より)

主日礼拝(2018年9月16日 午後3時)

 説教:「憐れみの神」

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」2 : 25ー30

     説教者:田部 郁彦

(日本キリスト教会西都教会教会牧師) 

(当伝道所応援教師)

 

聖書:フィリピ信徒への手紙」2 : 25ー30

2:25 ところでわたしは、エパフロディトをそちらに帰さねばならないと考えています。彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれましたが、

2:26 しきりにあなたがた一同と会いたがっており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。

2:27 実際、彼はひん死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました。彼だけでなく、わたしをも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださいました。

2:28 そういうわけで、大急ぎで彼を送ります。あなたがたは再会を喜ぶでしょうし、わたしも悲しみが和らぐでしょう。

2:29 だから、主に結ばれている者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい。 

2:30 わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです。 (「新共同訳聖書」より) 


主日礼拝(2018年9月9日 午後3時)

 説教:「わたしの魂は渇く」

 聖書:「詩編」42 :  1ー12

     説教者:持田 克己

(日本キリスト教会高槻教会牧師) 

 

聖書:詩編」42 : 1ー12

 42:1 【指揮者によって。マスキール。コラの子の詩。】

42:2 涸れた谷に鹿が水を求めるように/神よ、わたしの魂はあなたを求める。

42:3 神に、命の神に、わたしの魂は渇く。いつ御前に出て/神の御顔を仰ぐことができるのか。

42:4 昼も夜も、わたしの糧は涙ばかり。人は絶え間なく言う/「お前の神はどこにいる」と。

42:5 わたしは魂を注ぎ出し、思い起こす/喜び歌い感謝をささげる声の中を/祭りに集う人の群れと共に進み/神の家に入り、ひれ伏したことを。

42:6 なぜうなだれるのか、わたしの魂よ/なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう/「御顔こそ、わたしの救い」と。

42:7 わたしの神よ。わたしの魂はうなだれて、あなたを思い起こす。ヨルダンの地から、ヘルモンとミザルの山から

42:8 あなたの注ぐ激流のとどろきにこたえて/深淵は深淵に呼ばわり/砕け散るあなたの波はわたしを越えて行く。

42:9 昼、主は命じて慈しみをわたしに送り/夜、主の歌がわたしと共にある/わたしの命の神への祈りが。

42:10 わたしの岩、わたしの神に言おう。「なぜ、わたしをお忘れになったのか。なぜ、わたしは敵に虐げられ/嘆きつつ歩くのか。」

42:11 わたしを苦しめる者はわたしの骨を砕き/絶え間なく嘲って言う/「お前の神はどこにいる」と。 

42:12 なぜうなだれるのか、わたしの魂よ/なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう/「御顔こそ、わたしの救い」と。わたしの神よ。(「新共同訳聖書」より)


主日礼拝(2018年9月2日 午後3時)

 説教:「罪の支払うべき報酬は、死である」

 聖書:「ローマの信徒への手紙」22 :  1-19

     説教者:安田 修

(日本キリスト教会教師) 

 

聖書:ローマの信徒への手神」6 : 15ー23

6:15 では、どうなのか。わたしたちは、律法の下ではなく恵みの下にいるのだから、罪を犯してよいということでしょうか。決してそうではない。

6:16 知らないのですか。あなたがたは、だれかに奴隷として従えば、その従っている人の奴隷となる。つまり、あなたがたは罪に仕える奴隷となって死に至るか、神に従順に仕える奴隷となって義に至るか、どちらかなのです。

6:17 しかし、神に感謝します。あなたがたは、かつては罪の奴隷でしたが、今は伝えられた教えの規範を受け入れ、それに心から従うようになり、

6:18 罪から解放され、義に仕えるようになりました。

6:19 あなたがたの肉の弱さを考慮して、分かりやすく説明しているのです。かつて自分の五体を汚れと不法の奴隷として、不法の中に生きていたように、今これを義の奴隷として献げて、聖なる生活を送りなさい。

6:20 あなたがたは、罪の奴隷であったときは、義に対しては自由の身でした。

6:21 では、そのころ、どんな実りがありましたか。あなたがたが今では恥ずかしいと思うものです。それらの行き着くところは、死にほかならない。

6:22 あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。 

6:23 罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。(「新共同訳聖書」より)


主日礼拝(2018年8 月26日 午後3時)

 説教:「神への驚くべき信頼

 聖書:「創世記」22 :  1-19

     説教者:南 望

(日本キリスト教会香里園教会会教師) 

 

聖書:「創世記」22 : 1-19

 

22:1 これらのことの後で、神はアブラハムを試された。神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、22:2 神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」22:3 次の朝早く、アブラハムはろばに鞍を置き、献げ物に用いる薪を割り、二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。22:4 三日目になって、アブラハムが目を凝らすと、遠くにその場所が見えたので、22:5 アブラハムは若者に言った。「お前たちは、ろばと一緒にここで待っていなさい。わたしと息子はあそこへ行って、礼拝をして、また戻ってくる。」22:6 アブラハムは、焼き尽くす献げ物に用いる薪を取って、息子イサクに背負わせ、自分は火と刃物を手に持った。二人は一緒に歩いて行った。22:7 イサクは父アブラハムに、「わたしのお父さん」と呼びかけた。彼が、「ここにいる。わたしの子よ」と答えると、イサクは言った。「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか。」22:8 アブラハムは答えた。「わたしの子よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる。」二人は一緒に歩いて行った。22:9 神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。22:10 そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。22:11 そのとき、天から主の御使いが、「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、22:12 御使いは言った。「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」22:13 アブラハムは目を凝らして見回した。すると、後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす献げ物としてささげた。22:14 アブラハムはその場所をヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)と名付けた。そこで、人々は今日でも「主の山に、備えあり(イエラエ)」と言っている。22:15 主の御使いは、再び天からアブラハムに呼びかけた。22:16 御使いは言った。「わたしは自らにかけて誓う、と主は言われる。あなたがこの事を行い、自分の独り子である息子すら惜しまなかったので、22:17 あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう。あなたの子孫は敵の城門を勝ち取る。22:18 地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」22:19 アブラハムは若者のいるところへ戻り、共にベエル・シェバへ向かった。アブラハムはベエル・シェバに住んだ。(「新共同訳聖書」より)  


主日礼拝(2018年8 月19日 午後3時)

 説教:「その栄光を見た

 聖書:「ヨハネによる福音書」1 :  14-18

     説教者:持田 克己

(日本キリスト教会高槻教会会教師) 

 

聖書:「ヨハネによる福音書」1 : 14-18

1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

1:15 ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」

1:16 わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。

1:17 律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。

1:18 いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。 

(「新共同訳聖書」より)


主日礼拝(2018年8 月12日 午後3時)

 説教:「共に福音に仕え

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」2 :  19-24

     説教者:田部 郁彦

(日本キリスト教会西都教会会教師)

(当伝道所応援教師) 

 

聖書:「フィリピの信徒への手紙」2 : 19-24

2:19 さて、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいので、間もなくテモテをそちらに遣わすことを、主イエスによって希望しています。

2:20 テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。

2:21 他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。

2:22 テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、息子が父に仕えるように、彼はわたしと共に福音に仕えました。

2:23 そこで、わたしは自分のことの見通しがつきしだいすぐ、テモテを送りたいと願っています。

 

2:24 わたし自身も間もなくそちらに行けるものと、主によって確信しています。(「新共同訳聖書」より)

 


主日礼拝(2018年8 月5日 午後3時)

 説教:「罪とは‥私の欲する善はしないで

 聖書:「ローマの信徒への手紙」7 :  13-25

     説教者:安田 修

(日本キリスト教会教師) 

 

聖書:「ローマの信徒への手紙」7 : 13-25

7:13 それでは、善いものがわたしにとって死をもたらすものとなったのだろうか。決してそうではない。実は、罪がその正体を現すために、善いものを通してわたしに死をもたらしたのです。このようにして、罪は限りなく邪悪なものであることが、掟を通して示されたのでした。7:14 わたしたちは、律法が霊的なものであると知っています。しかし、わたしは肉の人であり、罪に売り渡されています。7:15 わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。7:16 もし、望まないことを行っているとすれば、律法を善いものとして認めているわけになります。7:17 そして、そういうことを行っているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。7:18 わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。

7:19 わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。7:20 もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。7:21 それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます。7:22 「内なる人」としては神の律法を喜んでいますが、

 

7:23 わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。7:24 わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。7:25 わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです。(「新共同訳聖書」より) 


主日礼拝(2018年7 月29日 午後3時)

 説教:「神は実現される

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」2 :  12-18

     説教者:田部 郁彦

(日本キリスト教会西都教会教会牧師)

 (当伝道所応援牧師)

 

聖書:「フィリピの信徒への手紙」2 :  12-18

2:12 だから、わたしの愛する人たち、いつも従順であったように、わたしが共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。

2:13 あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。

2:14 何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい。

2:15 そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった時代の中で、非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、

2:16 命の言葉をしっかり保つでしょう。こうしてわたしは、自分が走ったことが無駄でなく、労苦したことも無駄ではなかったと、キリストの日に誇ることができるでしょう。

2:17 更に、信仰に基づいてあなたがたがいけにえを献げ、礼拝を行う際に、たとえわたしの血が注がれるとしても、わたしは喜びます。あなたがた一同と共に喜びます。 

2:18 同様に、あなたがたも喜びなさい。わたしと一緒に喜びなさい。          (「新共同訳聖書」より) 

 


主日礼拝(2018年7 月22日 午後3時)

 聖書:「創世記」21 :  22-34

     説教者:南 望

(日本キリスト教会香里園教会牧師)

 

聖書:「創世記」21 : 22-34

21:22 そのころ、アビメレクとその軍隊の長ピコルはアブラハムに言った。「神は、あなたが何をなさっても、あなたと共におられます。21:23 どうか、今ここでわたしとわたしの子、わたしの孫を欺かないと、神にかけて誓って(シャバ)ください。わたしがあなたに友好的な態度をとってきたように、あなたも、寄留しているこの国とわたしに友好的な態度をとってください。」21:24 アブラハムは答えた。「よろしい、誓いましょう。」21:25 アブラハムはアビメレクの部下たちが井戸を奪ったことについて、アビメレクを責めた。21:26 アビメレクは言った。「そんなことをした者がいたとは知りませんでした。あなたも告げなかったし、わたしも今日まで聞いていなかったのです。」21:27 アブラハムは、羊と牛の群れを連れて来て、アビメレクに贈り、二人は契約を結んだ。21:28 アブラハムは更に、羊の群れの中から七匹(シェバ)の雌の小羊を別にしたので、21:29 アビメレクがアブラハムに尋ねた。「この七匹の雌の小羊を別にしたのは、何のためですか。」

21:30 アブラハムは答えた。「わたしの手からこの七匹の雌の小羊を受け取って、わたしがこの井戸(ベエル)を掘ったことの証拠としてください。」21:31 それで、この場所をベエル・シェバと呼ぶようになった。二人がそこで誓いを交わしたからである。21:32 二人はベエル・シェバで契約を結び、アビメレクと、その軍隊の長ピコルはペリシテの国に帰って行った。21:33 アブラハムは、ベエル・シェバに一本のぎょりゅうの木を植え、永遠の神、主の御名を呼んだ。21:34 アブラハムは、長い間、ペリシテの国に寄留した。「新共同訳聖書」より) 

 

 礼拝後読書会があります。「諸集会のご案内」をご覧ください。 


主日礼拝(2018年7 月15日 午後3時)

 説教:「神との平和

 聖書:「ローマの信徒への手紙」5 :  1- 11

     説教者:持田 克己

(日本キリスト教会高槻教会牧師)

 

聖書:「ローマの信徒への手紙」5 : 1- 11 

5:1 このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、5:2 このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。5:3 そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、5:4 忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。5:5 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。5:6 実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった。5:7 正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。

 

5:8 しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。5:9 それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。5:10 敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。5:11 それだけでなく、わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちは神を誇りとしています。今やこのキリストを通して和解させていただいたからです。(「新共同訳聖書」より) 


主日礼拝(2018年7 月8日 午後3時)

 説教:「キリスト讃歌

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」2 : 6- 11

     説教者:田部 郁彦

(日本キリスト教会西都教会牧師)

(当伝道所応援教師) 

 

聖書:「フィリピの信徒への手紙」2 : 6- 11 

2:6 キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、

2:7 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、

2:8 へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。

2:9 このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。

2:10 こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、

2:11 すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。 

(「新共同訳聖書」より) 


主日礼拝(2018年7 月1日 午後3時)

 説教:「罪とは・・・誰も彼も  

  役に立たないものとなった」

 聖書:「ローマの信徒への手紙」3 : 9- 20

     説教者:安田 修

(日本キリスト教会教師) 

 

聖書:「ローマの信徒への手紙」3 : 9- 20 

3:12 皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。/善を行う者はいない。/ただの一人もいない。

3:13 彼らののどは開いた墓のようであり、/彼らは舌で人を欺き、/その唇には蝮の毒がある。

3:14 口は、呪いと苦味で満ち、

3:15 足は血を流すのに速く、

3:16 その道には破壊と悲惨がある。

3:17 彼らは平和の道を知らない。

3:18 彼らの目には神への畏れがない。」 

3:19 さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法の下にいる人々に向けられています。それは、すべての人の口がふさがれて、全世界が神の裁きに服するようになるためなのです。3:20 なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。(「新共同訳聖書」より) 


春の特別伝道礼拝(2018年6 月24日 午後3時)

 説教:「神の国に気付く」

 聖書:「ルカによる福音書」17 : 20、21

     説教者:佐藤  泰將

(日本キリスト教会大森教会牧師) 

 

  礼拝後 佐藤泰將牧師を囲み、懇談会を開きます。

 教会に初めていらっしゃった方のご参加を歓迎いた

 します。

 

聖書:「ルカによる福音書」17 : 20、21 

 

17:20 ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて言われた。「神の国は、見える形では来ない。

17:21 『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」(「新共同訳聖書」より)

 


主日礼拝(2018年6 月17日 午後3時)

 説教:「その響きは全地に」

 聖書:「詩編」19 : 1-15

     説教者:持田 克己

(日本キリスト教会高槻教会牧師)

 

 礼拝後 大掃除をいたします。

 

聖書:「詩編」19 :1-15 

19:1 【指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。】

19:2 天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す。

19:3 昼は昼に語り伝え/夜は夜に知識を送る。

19:4 話すことも、語ることもなく/声は聞こえなくても

19:5 その響きは全地に/その言葉は世界の果てに向かう。そこに、神は太陽の幕屋を設けられた。

19:6 太陽は、花婿が天蓋から出るように/勇士が喜び勇んで道を走るように

19:7 天の果てを出で立ち/天の果てを目指して行く。その熱から隠れうるものはない。

19:8 主の律法は完全で、魂を生き返らせ/主の定めは真実で、無知な人に知恵を与える。

19:9 主の命令はまっすぐで、心に喜びを与え/主の戒めは清らかで、目に光を与える。

19:10 主への畏れは清く、いつまでも続き/主の裁きはまことで、ことごとく正しい。

19:11 金にまさり、多くの純金にまさって望ましく/蜜よりも、蜂の巣の滴りよりも甘い。

19:12 あなたの僕はそれらのことを熟慮し/それらを守って大きな報いを受けます。

19:13 知らずに犯した過ち、隠れた罪から/どうかわたしを清めてください。

19:14 あなたの僕を驕りから引き離し/支配されないようにしてください。そうすれば、重い背きの罪から清められ/わたしは完全になるでしょう。

19:15 どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない/心の思いが御前に置かれますように。主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ。

(「新共同訳聖書」より) 


主日礼拝(2018年6 月10日 午後3時)

 説教:「福音にふさわしく」

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」2 : 1-5

     説教者:田部 郁彦

(日本キリスト教会西都教会牧師)

(当伝道所応援教師) 

 

聖書:「フィリピの信徒への手紙」2 :1-5 

2:1 そこで、あなたがたに幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、“霊”による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、

2:2 同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしの喜びを満たしてください。

2:3 何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、

2:4 めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。 

2:5 互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。(「新共同訳聖書」より) 


主日礼拝(2018年6 月3日 午後3時)

 説教:「罪とは…姦通の女」

 聖書:「ヨハネによる福音書」8 : 1-11

     説教者:安田 修

(日本キリスト教会教師)     

   

 

聖書:「ヨハネによる福音書」8 :1-11  

8:1 イエスはオリーブ山へ行かれた。

8:2 朝早く、再び神殿の境内に入られると、民衆が皆、御自分のところにやって来たので、座って教え始められた。

8:3 そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、

8:4 イエスに言った。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。

8:5 こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」

8:6 イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。

8:7 しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」

8:8 そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。

8:9 これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。

8:10 イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」

 8:11 女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」(「新共同訳聖書」より)  


主日礼拝(2018年5 月27日 午後3時)

説教:「すべてを包む神の愛」

聖書:「創世記」21 : 1-21        

説教者:南 望

(日本キリスト教会香里園教会牧師)          

 礼拝後読書会が開かれます

 

聖書:「創世記」21 :1- 21  

21:1 主は、約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、

21:2 彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。それは、神が約束されていた時期であった。

21:3 アブラハムは、サラが産んだ自分の子をイサクと名付け、

21:4 神が命じられたとおり、八日目に、息子イサクに割礼を施した。21:5 息子イサクが生まれたとき、アブラハムは百歳であった。

21:6 サラは言った。「神はわたしに笑いをお与えになった。聞く者は皆、わたしと笑い(イサク)を/共にしてくれるでしょう。」

21:7 サラはまた言った。「誰がアブラハムに言いえたでしょう/サラは子に乳を含ませるだろうと。しかしわたしは子を産みました/年老いた夫のために。」

21:8 やがて、子供は育って乳離れした。アブラハムはイサクの乳離れの日に盛大な祝宴を開いた。

 21:9 サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に産んだ子が、イサクをからかっているのを見て、

21:10 アブラハムに訴えた。「あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません。」

21:11 このことはアブラハムを非常に苦しめた。その子も自分の子であったからである。

21:12 神はアブラハムに言われた。「あの子供とあの女のことで苦しまなくてもよい。すべてサラが言うことに聞き従いなさい。あなたの子孫はイサクによって伝えられる。

21:13 しかし、あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ。」

21:14 アブラハムは、次の朝早く起き、パンと水の革袋を取ってハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせた。ハガルは立ち去り、ベエル・シェバの荒れ野をさまよった。

21:15 革袋の水が無くなると、彼女は子供を一本の灌木の下に寝かせ、21:16 「わたしは子供が死ぬのを見るのは忍びない」と言って、矢の届くほど離れ、子供の方を向いて座り込んだ。彼女は子供の方を向いて座ると、声をあげて泣いた。

21:17 神は子供の泣き声を聞かれ、天から神の御使いがハガルに呼びかけて言った。「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。

21:18 立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」

21:19 神がハガルの目を開かれたので、彼女は水のある井戸を見つけた。彼女は行って革袋に水を満たし、子供に飲ませた。

21:20 神がその子と共におられたので、その子は成長し、荒れ野に住んで弓を射る者となった。

21:21 彼がパランの荒れ野に住んでいたとき、母は彼のために妻をエジプトの国から迎えた。  (「新共同訳聖書」より)   


ペンテコステ礼拝

(2018年5 月20日 午後3時)

説教:「聖霊を与える約束」    

聖書:「ヨハネによる福音書」14 : 15-24

説教者:持田 克己

(日本キリスト教会高槻教会牧師)          

礼拝後祝会が開かれます

 

    ペンテコステ(聖霊降臨日)とは 

イエス・キリストの復活・昇天後、集まっていた120人の信徒たちの上に起こった出来事で、イースター(復活祭)を第一日目として50日後に起こりましたのでギリシャ語で「50番目」に由来しますペンテコステと呼ばれています。その具体的記述は新約聖書・使徒言行録21-42節に記されていますが、要約しますと、120人の一人一人が同時に聖霊()に満たされ、各国の言語で神の偉大な業を語りだしたということです。続く243-46節には彼らの生活ぶりが記されていますが、やがて将来に成長発展するキリスト教の礼拝や教会の萌芽のようなものが記されていますため、このペンテコステを教会の誕生日としています。 

聖霊:キリスト教の神は全能の唯一の神ですが、父なる愛の神、子なるキリストの恵みの神、(私たちに)交わってくださる聖霊なる神、として私たちに顕して下さっています。聖霊なる神は真理の霊として私たちを守り導いてくださる神なのです。

 

聖書:「ヨハネによる福音書」14 :15-24  

14:15 「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。14:16 わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。14:17 この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。14:18 わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。14:19 しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。14:20 かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。14:21 わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」14:22 イスカリオテでない方のユダが、「主よ、わたしたちには御自分を現そうとなさるのに、世にはそうなさらないのは、なぜでしょうか」と言った。14:23 イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。14:24 わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。『新共同訳聖書』より) 


 主日礼拝 (2018年5 月13日 午後3時)    

説教:「福音の信仰のために」  

聖書:「フィリピの信徒への手紙」1 : 27-30

 説教者:田部 郁彦

(日本キリスト教会西都教会牧師)

(当伝道所応援教師) 

 

聖 書:「フィリピの信徒への手紙」1 : 27-30 

 1:27 ひたすらキリストの福音にふさわしい生活を送りなさい。そうすれば、そちらに行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、わたしは次のことを聞けるでしょう。あなたがたは一つの霊によってしっかり立ち、心を合わせて福音の信仰のために共に戦っており、

1:28 どんなことがあっても、反対者たちに脅されてたじろぐことはないのだと。このことは、反対者たちに、彼ら自身の滅びとあなたがたの救いを示すものです。これは神によることです。

1:29 つまり、あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。

1:30 あなたがたは、わたしの戦いをかつて見、今またそれについて聞いています。その同じ戦いをあなたがたは戦っているのです。      (『新共同訳聖書』より)   


      主日礼拝(2018年5 月6日 午後3時)

  説教:「神の憐みと人の信仰」

  聖書:「マタイによる福音書」20 : 29-34

          説教者:安田 修

    (日本キリスト教会教師)

 

聖書:「マタイによる福音書」20 : 29-34 

 20:29 一行がエリコの町を出ると、大勢の群衆がイエスに従った。

20:30 そのとき、二人の盲人が道端に座っていたが、イエスがお通りと聞いて、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と叫んだ。

20:31 群衆は叱りつけて黙らせようとしたが、二人はますます、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と叫んだ。

20:32 イエスは立ち止まり、二人を呼んで、「何をしてほしいのか」と言われた。

20:33 二人は、「主よ、目を開けていただきたいのです」と言った。 

20:34 イエスが深く憐れんで、その目に触れられると、盲人たちはすぐ見えるようになり、イエスに従った。                                                                                                                                                                                                                               (『新共同訳聖書』より)    


   主日礼拝(2018年4 月29日 午後3時

 説教:「生きるにも死ぬにも」

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」1 : 19-26

         説教者:田部 郁彦

  (日本キリスト教会西都教会牧師)

      (当伝道所応援牧師) 

 

聖書:「フィリピの信徒への手紙」1 : 19-26 

1:19 というのは、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、このことがわたしの救いになると知っているからです。1:20 そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。1:21 わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。1:22 けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません。1:23 この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。1:24 だが他方では、肉にとどまる方が、あなたがたのためにもっと必要です。1:25 こう確信していますから、あなたがたの信仰を深めて喜びをもたらすように、いつもあなたがた一同と共にいることになるでしょう。1:26 そうなれば、わたしが再びあなたがたのもとに姿を見せるとき、キリスト・イエスに結ばれているというあなたがたの誇りは、わたしゆえに増し加わることになります。      (『新共同訳聖書』より)  


    主日礼拝(2018年4 月23日 午後3時)

   説教:「神の不思議な裁き」

    聖書:「創世記」20 : 1-18

         説教者:南 望

  (日本キリスト教会香里園教会牧師)

         

   礼拝後、読書会が開かれます。

 

聖書:「創世記」20 : 1-18 

20:1 アブラハムは、そこからネゲブ地方へ移り、カデシュとシュルの間に住んだ。ゲラルに滞在していたとき、20:2 アブラハムは妻サラのことを、「これはわたしの妹です」と言ったので、ゲラルの王アビメレクは使いをやってサラを召し入れた。20:3 その夜、夢の中でアビメレクに神が現れて言われた。「あなたは、召し入れた女のゆえに死ぬ。その女は夫のある身だ。」20:4 アビメレクは、まだ彼女に近づいていなかったので、「主よ、あなたは正しい者でも殺されるのですか。20:5 彼女が妹だと言ったのは彼ではありませんか。また彼女自身も、『あの人はわたしの兄です』と言いました。わたしは、全くやましい考えも不正な手段でもなくこの事をしたのです」と言った。20:6 神は夢の中でアビメレクに言われた。「わたしも、あなたが全くやましい考えでなしにこの事をしたことは知っている。だからわたしも、あなたがわたしに対して罪を犯すことのないように、彼女に触れさせなかったのだ。20:7 直ちに、あの人の妻を返しなさい。彼は預言者だから、あなたのために祈り、命を救ってくれるだろう。しかし、もし返さなければ、あなたもあなたの家来も皆、必ず死ぬことを覚悟せねばならない。」20:8 次の朝早く、アビメレクは家来たちを残らず呼び集め、一切の出来事を語り聞かせたので、一同は非常に恐れた。20:9 アビメレクはそれから、アブラハムを呼んで言った。「あなたは我々に何ということをしたのか。わたしがあなたにどんな罪を犯したというので、あなたはわたしとわたしの王国に大それた罪を犯させようとしたのか。あなたは、してはならぬことをわたしにしたのだ。」20:10 アビメレクは更に、アブラハムに言った。「どういうつもりで、こんなことをしたのか。」20:11 アブラハムは答えた。「この土地には、神を畏れることが全くないので、わたしは妻のゆえに殺されると思ったのです。20:12 事実、彼女は、わたしの妹でもあるのです。わたしの父の娘ですが、母の娘ではないのです。それで、わたしの妻となったのです。20:13 かつて、神がわたしを父の家から離して、さすらいの旅に出されたとき、わたしは妻に、『わたしに尽くすと思って、どこへ行っても、わたしのことを、この人は兄ですと言ってくれないか』と頼んだのです。」20:14 アビメレクは羊、牛、男女の奴隷などを取ってアブラハムに与え、また、妻サラを返して、20:15 言った。「この辺りはすべてわたしの領土です。好きな所にお住まいください。」20:16 また、サラに言った。「わたしは、銀一千シェケルをあなたの兄上に贈りました。それは、あなたとの間のすべての出来事の疑惑を晴らす証拠です。これであなたの名誉は取り戻されるでしょう。」20:17 アブラハムが神に祈ると、神はアビメレクとその妻、および侍女たちをいやされたので、再び子供を産むことができるようになった。20:18 主がアブラハムの妻サラのゆえに、アビメレクの宮廷のすべての女たちの胎を堅く閉ざしておられたからである。   (『新共同訳聖書』より)  


  主日礼拝(2018年4 月15日 午後3時)

  説教:「福音の前進」

  聖書:「フィリピの信徒への手紙」1 : 12-18

         説教者:田部 郁彦

   (日本キリスト教会西都教会牧師)

      (当伝道所応援牧師)

  

 聖書:「フィリピの信徒への手紙」1 : 12-18

1:12 兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。

1:13 つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、

1:14 主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです。

1:15 キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。

1:16 一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、

1:17 他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。

1:18 だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。         (『新共同訳聖書』より)  


 主日礼拝(2018年4 月8日 午後3時)

説教:「見なくても愛し、信じる」

  聖書:「ペテロの手紙」Ⅰ 1 : 3-9

        説教者:持田 克己

  (日本キリスト教会高槻教会牧師)

 

聖書:「ペテロの手紙」Ⅰ 1: 3-9 

1:3 わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、1:4 また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。1:5 あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。1:6 それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、1:7 あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。1:8 あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。1:9 それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。  (『新共同訳聖書』より)  


  イースター主日礼拝

  (2018年4 月1日 午後3時)

     説教:「恐れながらも、大いに喜び」

 聖書:「マタイによる福音書」28:1-10

        説教者:安田 修

   (日本キリスト教会教師)

 

   礼拝後、祝会があります。

 

   人間は創造主である神の御心に逆らい、神と共にあった楽園を追放され、そのことが人間と世界に苦悩・悲惨そして死をもたらしました。しかし、神は罪を負う人間を赦し救おうとされ、神のひとり子イエス・キリストを世に遣わし、その罪無き主イエスが人間が負うべき裁き(十字架上の死)を身代わりとして受けてくださり、それによって人間は悲惨と死から救い出されたのです。カール・バルトによれば、その救いの完成を顕す「第一の出来事」として主イエスは死から「復活」され、それは、主イエスの再臨、救いと「神の国」の完成―「別の出来事」―に向けての最初の出来事です。主イエスの死(受難)と復活とは、神の一方的な罪の赦しと救いを確かなものとする、何にも代えがたい恵みの出来事です。それを深く覚え、記念するために、教会は古来「受難節(レント)」、「受難週」を覚え、「復活祭(イースター)」を祝います。 

  

聖書:「マタイによる福音書」28:1-10 

28:1 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。28:2 すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。28:3 その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。28:4 番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。28:5 天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、28:6 あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。28:7 それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」28:8 婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。28:9 すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。 28:10 イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」  (『新共同訳聖書』より)


 主日礼拝(2018年3 月25日 午後3時)

     説教:「救われし者」

     聖書:「創世記」19:1-29

           説教者:南 望

    (日本キリスト教会香里園教会牧師)

 

     礼拝後、読書会があります。

 

聖書:「創世記」19:1-29

19:1 二人の御使いが夕方ソドムに着いたとき、ロトはソドムの門の所に座っていた。ロトは彼らを見ると、立ち上がって迎え、地にひれ伏して、19:2 言った。「皆様方、どうぞ僕の家に立ち寄り、足を洗ってお泊まりください。そして、明日の朝早く起きて出立なさってください。」彼らは言った。「いや、結構です。わたしたちはこの広場で夜を過ごします。」19:3 しかし、ロトがぜひにと勧めたので、彼らはロトの所に立ち寄ることにし、彼の家を訪ねた。ロトは、酵母を入れないパンを焼いて食事を供し、彼らをもてなした。19:4 彼らがまだ床に就かないうちに、ソドムの町の男たちが、若者も年寄りもこぞって押しかけ、家を取り囲んで、19:5 わめきたてた。「今夜、お前のところへ来た連中はどこにいる。ここへ連れて来い。なぶりものにしてやるから。」

19:6 ロトは、戸口の前にたむろしている男たちのところへ出て行き、後ろの戸を閉めて、19:7 言った。「どうか、皆さん、乱暴なことはしないでください。19:8 実は、わたしにはまだ嫁がせていない娘が二人おります。皆さんにその娘たちを差し出しますから、好きなようにしてください。ただ、あの方々には何もしないでください。この家の屋根の下に身を寄せていただいたのですから。」19:9 男たちは口々に言った。「そこをどけ。」「こいつは、よそ者のくせに、指図などして。」「さあ、彼らより先に、お前を痛い目に遭わせてやる。」そして、ロトに詰め寄って体を押しつけ、戸を破ろうとした。19:10 二人の客はそのとき、手を伸ばして、ロトを家の中に引き入れて戸を閉め、19:11 戸口の前にいる男たちに、老若を問わず、目つぶしを食わせ、戸口を分からなくした。19:12 二人の客はロトに言った。「ほかに、あなたの身内の人がこの町にいますか。あなたの婿や息子や娘などを皆連れてここから逃げなさい。19:13 実は、わたしたちはこの町を滅ぼしに来たのです。大きな叫びが主のもとに届いたので、主は、この町を滅ぼすためにわたしたちを遣わされたのです。」

19:14 ロトは嫁いだ娘たちの婿のところへ行き、「さあ早く、ここから逃げるのだ。主がこの町を滅ぼされるからだ」と促したが、婿たちは冗談だと思った。19:15 夜が明けるころ、御使いたちはロトをせきたてて言った。「さあ早く、あなたの妻とここにいる二人の娘を連れて行きなさい。さもないと、この町に下る罰の巻き添えになって滅ぼされてしまう。」19:16 ロトはためらっていた。主は憐れんで、二人の客にロト、妻、二人の娘の手をとらせて町の外へ避難するようにされた。19:17 彼らがロトたちを町外れへ連れ出したとき、主は言われた。「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。低地のどこにもとどまるな。山へ逃げなさい。さもないと、滅びることになる。」19:18 ロトは言った。「主よ、できません。19:19 あなたは僕に目を留め、慈しみを豊かに示し、命を救おうとしてくださいます。しかし、わたしは山まで逃げ延びることはできません。恐らく、災害に巻き込まれて、死んでしまうでしょう。19:20 御覧ください、あの町を。あそこなら近いので、逃げて行けると思います。あれは小さな町です。あそこへ逃げさせてください。あれはほんの小さな町です。どうか、そこでわたしの命を救ってください。」19:21 主は言われた。「よろしい。そのこともあなたの願いを聞き届け、あなたの言うその町は滅ぼさないことにしよう。19:22 急いで逃げなさい。あなたがあの町に着くまでは、わたしは何も行わないから。」そこで、その町はツォアル(小さい)と名付けられた。

19:23 太陽が地上に昇ったとき、ロトはツォアルに着いた。19:24 主はソドムとゴモラの上に天から、主のもとから硫黄の火を降らせ、19:25 これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼした。19:26 ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった。19:27 アブラハムは、その朝早く起きて、さきに主と対面した場所へ行き、19:28 ソドムとゴモラ、および低地一帯を見下ろすと、炉の煙のように地面から煙が立ち上っていた。 

19:29 こうして、ロトの住んでいた低地の町々は滅ぼされたが、神はアブラハムを御心に留め、ロトを破滅のただ中から救い出された。

(新共同訳聖書より  


  主日礼拝(2018年3 月18日 午後3時)

   説教:「主と共に生きる」

聖書:「テサロニケの信徒への手紙」Ⅰ5:1-11

         説教者:持田 克己

  (日本キリスト教会高槻教会牧師) 

 聖書:「テサロニケの信徒への手紙」5:1-11

5:1 兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。

5:2 盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。

5:3 人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。

5:4 しかし、兄弟たち、あなたがたは暗闇の中にいるのではありません。ですから、主の日が、盗人のように突然あなたがたを襲うことはないのです。

5:5 あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです。わたしたちは、夜にも暗闇にも属していません。 

5:6 従って、ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。

5:7 眠る者は夜眠り、酒に酔う者は夜酔います。

5:8 しかし、わたしたちは昼に属していますから、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜としてかぶり、身を慎んでいましょう。

5:9 神は、わたしたちを怒りに定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによる救いにあずからせるように定められたのです。

5:10 主は、わたしたちのために死なれましたが、それは、わたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。 

5:11 ですから、あなたがたは、現にそうしているように、励まし合い、お互いの向上に心がけなさい。                                                                                                                                                                                                                                                                     (新共同訳聖書』より)  


 主日礼拝(2018年3 月11日 午後3時) 説教:「共に恵みにあずかる者」       

聖書:「フィリピの信徒への手紙」1:7-11

     説教者:田部 郁彦

  (日本キリスト教会西都教会牧師)

       (当伝道所応援教師)

 

聖書:フィリピの信徒への手紙:1章7-11節

1:7 わたしがあなたがた一同についてこのように考えるのは、当然です。というのは、監禁されているときも、福音を弁明し立証するときも、あなたがた一同のことを、共に恵みにあずかる者と思って、心に留めているからです。

1:8 わたしが、キリスト・イエスの愛の心で、あなたがた一同のことをどれほど思っているかは、神が証ししてくださいます。

1:9 わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、

1:10 本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、

1:11 イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。

                                                                                                                                                                                                                (『新共同訳聖書』より)  


  主日礼拝(2018年3 月4 午後3時)

  説教:「キリストの死の意味

     聖書:イザヤ書:53章1-12節

           説教者:武田 晨一

      (日本キリスト教会教師)

 

   礼拝後、武田先生を囲む会が開かれます。

 

 聖書:イザヤ書:53章1-12節

53:1 わたしたちの聞いたことを、誰が信じえようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。

53:2 乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように/この人は主の前に育った。見るべき面影はなく/輝かしい風格も、好ましい容姿もない。

53:3 彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し/わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。

53:4 彼が担ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに/わたしたちは思っていた/神の手にかかり、打たれたから/彼は苦しんでいるのだ、と。

53:5 彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり/彼が打ち砕かれたのは/わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。

53:6 わたしたちは羊の群れ/道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて/主は彼に負わせられた。

53:7 苦役を課せられて、かがみ込み/彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように/毛を切る者の前に物を言わない羊のように/彼は口を開かなかった。

53:8 捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか/わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり/命ある者の地から断たれたことを。

53:9 彼は不法を働かず/その口に偽りもなかったのに/その墓は神に逆らう者と共にされ/富める者と共に葬られた。

53:10 病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ/彼は自らを償いの献げ物とした。彼は、子孫が末永く続くのを見る。主の望まれることは/彼の手によって成し遂げられる。

53:11 彼は自らの苦しみの実りを見/それを知って満足する。わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために/彼らの罪を自ら負った。

53:12 それゆえ、わたしは多くの人を彼の取り分とし/彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らをなげうち、死んで/罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い/背いた者のために執り成しをしたのは/この人であった。(『新共同訳聖書』より)    


 主日礼拝(2018年2 月25 午後3時)

    説教:「正義とは何か?

     聖書:創世記:18章16-33節

           説教者:南 望

    (日本キリスト教会香里園教会牧師)

 

     礼拝後読書会が開かれます。

 

 

聖書:創世記:16章16-33節

 

18:16 その人たちはそこを立って、ソドムを見下ろす所まで来た。アブラハムも、彼らを見送るために一緒に行った。18:17 主は言われた。「わたしが行おうとしていることをアブラハムに隠す必要があろうか。18:18 アブラハムは大きな強い国民になり、世界のすべての国民は彼によって祝福に入る。18:19 わたしがアブラハムを選んだのは、彼が息子たちとその子孫に、主の道を守り、主に従って正義を行うよう命じて、主がアブラハムに約束したことを成就するためである。」18:20 主は言われた。「ソドムとゴモラの罪は非常に重い、と訴える叫びが実に大きい。18:21 わたしは降って行き、彼らの行跡が、果たして、わたしに届いた叫びのとおりかどうか見て確かめよう。」18:22 その人たちは、更にソドムの方へ向かったが、アブラハムはなお、主の御前にいた。18:23 アブラハムは進み出て言った。「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。18:24 あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。18:25 正しい者を悪い者と一緒に殺し、正しい者を悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、あなたがなさるはずはございません。全くありえないことです。全世界を裁くお方は、正義を行われるべきではありませんか。」18:26 主は言われた。「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」18:27 アブラハムは答えた。「塵あくたにすぎないわたしですが、あえて、わが主に申し上げます。18:28 もしかすると、五十人の正しい者に五人足りないかもしれません。それでもあなたは、五人足りないために、町のすべてを滅ぼされますか。」主は言われた。「もし、四十五人いれば滅ぼさない。」18:29 アブラハムは重ねて言った。「もしかすると、四十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その四十人のためにわたしはそれをしない。」18:30 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう少し言わせてください。もしかすると、そこには三十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「もし三十人いるならわたしはそれをしない。」18:31 アブラハムは言った。「あえて、わが主に申し上げます。もしかすると、二十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その二十人のためにわたしは滅ぼさない。」18:32 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」18:33 主はアブラハムと語り終えると、去って行かれた。アブラハムも自分の住まいに帰った。       (『新共同訳聖書』より)  


           主日礼拝(2018年2 月11日午後3時)

  説教:「主の教会になるために

  聖書:フィリピの信徒への手紙:1章3-6節

          説教者:田部 郁彦

   (日本キリスト教会西都教会牧師)

     (近江草津伝道所応援教師)              

   礼拝後、第30回定期総会 

 

 聖書:フィリピの信徒への手紙:1章3-6節

1:3 わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、

1:4 あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。

1:5 それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです。 

1:6 あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。(新共同訳聖書より)  


           主日礼拝(2018年2 月4日午後3時)

          説教:「今は眠りから覚めるべき時」

  聖書:ローマ信徒への手紙:13章11-14節

         説教者:武 田 晨 一

              (日本キリスト教会教師)                        

 

聖書:ローマ信徒への手紙:13章11-14節

13:11 更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。

13:12 夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう。

13:13 日中を歩むように、品位をもって歩もうではありませんか。酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、 

13:14 主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません。(『新共同訳聖書』より) 

 


      主日礼拝(2018年1 月28日午後3時)

  説教:「神を信じる難しさ

  聖書:創世記:18章1-15節

         説教者:南 望

  (日本キリスト教会香里園教会牧師)

 

聖書:創世記:18章1-15節  

18:1 主はマムレの樫の木の所でアブラハムに現れた。暑い真昼に、アブラハムは天幕の入り口に座っていた。18:2 目を上げて見ると、三人の人が彼に向かって立っていた。アブラハムはすぐに天幕の入り口から走り出て迎え、地にひれ伏して、18:3 言った。「お客様、よろしければ、どうか、僕のもとを通り過ぎないでください。18:4 水を少々持って来させますから、足を洗って、木陰でどうぞひと休みなさってください。18:5 何か召し上がるものを調えますので、疲れをいやしてから、お出かけください。せっかく、僕の所の近くをお通りになったのですから。」その人たちは言った。「では、お言葉どおりにしましょう。」18:6 アブラハムは急いで天幕に戻り、サラのところに来て言った。「早く、上等の小麦粉を三セアほどこねて、パン菓子をこしらえなさい。」18:7 アブラハムは牛の群れのところへ走って行き、柔らかくておいしそうな子牛を選び、召し使いに渡し、急いで料理させた。18:8 アブラハムは、凝乳、乳、出来立ての子牛の料理などを運び、彼らの前に並べた。そして、彼らが木陰で食事をしている間、そばに立って給仕をした。18:9 彼らはアブラハムに尋ねた。「あなたの妻のサラはどこにいますか。」「はい、天幕の中におります」とアブラハムが答えると、18:10 彼らの一人が言った。「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう。」サラは、すぐ後ろの天幕の入り口で聞いていた。18:11 アブラハムもサラも多くの日を重ねて老人になっており、しかもサラは月のものがとうになくなっていた。8:12 サラはひそかに笑った。自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに、と思ったのである。18:13 主はアブラハムに言われた。「なぜサラは笑ったのか。なぜ年をとった自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ。18:14 主に不可能なことがあろうか。来年の今ごろ、わたしはここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている。」18:15 サラは恐ろしくなり、打ち消して言った。「わたしは笑いませんでした。」主は言われた。「いや、あなたは確かに笑った。」(『新共同訳聖書』より)


     主日礼拝(2018年1 月21日午後3時)

説教:「目を上げて、山々を仰ぐ

    聖書:詩編:121編1-8節

         説教者:持田 克己

  (日本キリスト教会高槻教会牧師) 

 

聖書:詩編:121編1-8節

121:1 【都に上る歌。】目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。

121:2 わたしの助けは来る/天地を造られた主のもとから。

121:3 どうか、主があなたを助けて/足がよろめかないようにし/まどろむことなく見守ってくださるように。

121:4 見よ、イスラエルを見守る方は/まどろむことなく、眠ることもない。

121:5 主はあなたを見守る方/あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。

121:6 昼、太陽はあなたを撃つことがなく/夜、月もあなたを撃つことがない。

121:7 主がすべての災いを遠ざけて/あなたを見守り/あなたの魂を見守ってくださるように。 

121:8 あなたの出で立つのも帰るのも/主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。

                                                                                                                                                                                                              (『新共同訳聖書』より)  


 主日礼拝(2018年1 月14日午後3時)

    説教:「エレミヤの召命

    聖書:エレミヤ書:1 章1-10節

         説教者:田部 郁彦

   (日本キリスト教会西都教会牧師)

    (近江草津伝道所応援牧師)

 

聖書:エレミヤ書:1章1-10節

1:1 エレミヤの言葉。彼はベニヤミンの地のアナトトの祭司ヒルキヤの子であった。1:2 主の言葉が彼に臨んだのは、ユダの王、アモンの子ヨシヤの時代、その治世の第十三年のことであり、1:3 更にユダの王、ヨシヤの子ヨヤキムの時代にも臨み、ユダの王、ヨシヤの子ゼデキヤの治世の第十一年の終わり、すなわち、その年の五月に、エルサレムの住民が捕囚となるまで続いた。

1:4 主の言葉がわたしに臨んだ。1:5 「わたしはあなたを母の胎内に造る前から/あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に/わたしはあなたを聖別し/諸国民の預言者として立てた。」1:6 わたしは言った。「ああ、わが主なる神よ/わたしは語る言葉を知りません。わたしは若者にすぎませんから。」1:7 しかし、主はわたしに言われた。「若者にすぎないと言ってはならない。わたしがあなたを、だれのところへ/遣わそうとも、行って/わたしが命じることをすべて語れ。1:8 彼らを恐れるな。わたしがあなたと共にいて/必ず救い出す」と主は言われた。1:9 主は手を伸ばして、わたしの口に触れ/主はわたしに言われた。「見よ、わたしはあなたの口に/わたしの言葉を授ける。 

1:10 見よ、今日、あなたに/諸国民、諸王国に対する権威をゆだねる。抜き、壊し、滅ぼし、破壊し/あるいは建て、植えるために。」(『新共同訳聖書』より) 


 主日礼拝(2018年1 月7日午後3時)

 説教:「希望の船出

 聖書:ローマの信徒への手紙:1 2章1・2節

      説教者:武田 晨一

                    (日本キリスト教会教師)

 

聖書:ローマの信徒への手紙:12章1・2節

◆キリストにおける新しい生活

12:1 こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。 

12:2 あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。(『新共同訳聖書』より) 


  主日礼拝(2017年12 月31日午後3時)

     説教:「キリスト・イエスの僕」

 聖書:フィリピの信徒への手紙1 章1-11節

          説教者:田部 郁彦

    (日本キリスト教会西都教会牧師)

     (近江草津伝道所応援牧師)

 

 

聖書:フィリピの信徒への手紙:1章1-11節

1:1 キリスト・イエスの僕であるパウロとテモテから、フィリピにいて、キリスト・イエスに結ばれているすべての聖なる者たち、ならびに監督たちと奉仕者たちへ。

1:2 わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。

1:3 わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、

1:4 あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。

1:5 それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです。

1:6 あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。

1:7 わたしがあなたがた一同についてこのように考えるのは、当然です。というのは、監禁されているときも、福音を弁明し立証するときも、あなたがた一同のことを、共に恵みにあずかる者と思って、心に留めているからです。

1:8 わたしが、キリスト・イエスの愛の心で、あなたがた一同のことをどれほど思っているかは、神が証ししてくださいます。

1:9 わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、

1:10 本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、 

1:11 イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。(『新共同訳聖書』より)  


                          クリスマス

主日礼拝(2017年12 月24日午後3時)

    説教:「示された神の愛

    聖書:ヨハネの手紙Ⅰ:4章6-14節

           説教者:南 望

    (日本キリスト教会香里園教会牧師)

 

   日曜学校クリスマス礼拝はいつもより

             15分早く午後1時45分から始まります。

   説教「御心に適う人に平和が」

 

聖書:ヨハネの手紙Ⅰ:4章6-14節

4:6 わたしたちは神に属する者です。神を知る人は、わたしたちに耳を傾けますが、神に属していない者は、わたしたちに耳を傾けません。これによって、真理の霊と人を惑わす霊とを見分けることができます。

4:7 愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。

4:8 愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。

4:9 神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。

4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。

4:11 愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。

4:12 いまだかつて神を見た者はいません。わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされているのです。

4:13 神はわたしたちに、御自分の霊を分け与えてくださいました。このことから、わたしたちが神の内にとどまり、神もわたしたちの内にとどまってくださることが分かります。 

4:14 わたしたちはまた、御父が御子を世の救い主として遣わされたことを見、またそのことを証ししています。

                                        (『新共同訳聖書』より) 


主日礼拝(2017年12 月17日午後3時)

  説教:「インマヌエルの主

  聖書:マタイによる福音書1章18-25節

          説教者:持田 克己

     (日本キリスト教会高槻教会牧師)

 

 

 主日礼拝(2017年12 月10日午後3時)

    説教:「救い主の到来

    聖書:イザヤ書11章1-10節

          説教者:田部 郁彦

     (日本キリスト教会西都教会牧師)

     (近江草津伝道所応援牧師) 

 

   

 主日礼拝(2017年12 月3日午後3時)

    説教:「神を待ち望め

      聖書:詩編42章1-12節

          説教者:武田 晨一

                    (日本キリスト教会教師)

 

    12月 3日、10日、17日           

   アドベント(待降節) 

 

 主日礼拝(2017年11月26日午後3時)

  説教:「救いの約束としるし

聖書:創世記17章1-27節

説教者:南 望

 (日本キリスト教会香里園教会牧師) 

 

 主日礼拝(2017年11月19日午後3時)

    説教:「言語混乱の塔

     聖書:創世記11章1-9節

         説教者:持田克己

  (日本キリスト教会高槻教会牧師) 

 

 主日礼拝(2017年11月12日午後3時)

 説教:「体のともし火は目である」

  聖書:ルカによる福音書11章33-36節

         説教者:田部郁彦

     (日本キリスト教会西都教会牧師)

    (近江草津伝道所応援牧師) 

 

  主日礼拝(2017年11月5日午後3時)

 説教:「もうあなたは孤独ではない」

 聖書:ルカによる福音書15章11-24節

         説教者:武田 晨一

        (日本キリスト教会教師) 

 

主日礼拝(2017年10 月29日午後3時)

    説教:「和解の福音

 聖書:コリント信徒への手紙二5章16-21節

        説教者:田部 郁彦

   (日本キリスト教会西都教会牧師)

    (近江草津伝道所応援牧師) 

 

 

 主日礼拝2017年10 月22 日午後3時)

 説教:「苦しむものと共にいる神」

           聖書:創世記16章1-16節

          説教者:南 望

    (日本キリスト教会香里園教会牧師)

     礼拝後読書会があります。 

     

           主日礼拝(2017年10 月15 日午後3時)

   説教:「御心に留められるもの」

    聖書: 詩編 8編4・5節                  

    説教者:持田 克己 

            (日本キリスト教会高槻教会牧師) 

 

主日礼拝(2017年10 月8 日午後3時)

    説教:「神の国は、あなたがたのところ

        聖書: ルカによる福音書11章14-2

    説教者:田部 郁彦 

  (日本キリスト教会西都教会牧師)

          (近江草津伝道所応援牧師)

 

 

 主日礼拝(2017年10 月1 日午後3時)

  説教:「罪の本質」      

  聖書: 創世記3章1-9節               

   説教者:武田 晨一 

   (日本キリスト教会教師)

 

       聖餐式が行われます。

 

 

     主日礼拝(2017年9月24日午後3時)

       説教:「神の言葉を信じる」       

       聖書: 創世記15章1-21節                  

       説教者:南 望 

   (日本キリスト教会香里園教会牧師)

 


       主日礼拝(2017年9月17日午後3時)

       説教:「主は聖なる方」      

     聖書: 詩編99編1-9節 

         説教者:持田克己 

     (日本キリスト教会高槻教会牧師)

 

       主日礼拝(2017年9月17日午後3時)

       説教:「主は聖なる方」      

     聖書: 詩編99編1-9節 

         説教者:持田克己 

     (日本キリスト教会高槻教会牧師)

 


主日礼拝(2017年9月10日午後3時)

   説教:「私たちに必要なこと」 

   聖書:ルカによる福音書10章38-42節

             説教者:田部 郁彦       

   (日本キリスト教会西都教会牧師)

     (近江草津伝道所応援牧師)